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zoom RSS 「インフルエンザ21世紀」瀬名秀明、鈴木康夫(監修)

<<   作成日時 : 2010/02/26 23:03   >>

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本書は、まだ記憶に新しい2009年のインフルエンザパンデミックにおいて、日本ではどのような人たちが何を考え、どう行動したのかについて、多くの関係者に取材して構成された労作である。パンデミックにおける国内の対策がどの程度の効果を持ち、何が適切で何がそうでなかったかという評価は、詳細なデータが出揃っていない現在では時期尚早である。一方で、実際に渦中にあった人たちの声というのは、このタイミングで筆者が取材しなければ、得ることはできなかったと思われる貴重なものばかりである。多くは領域は幅広いが専門家であることから、時間が経てば記憶と新情報は再構成され、また違った意見を聞くことになるだろう。そういう意味でも本書が構想され、また出版された意義は大きい。著者の構想力も実に素晴らしい。

理研を中心とした事業は、事業仕分け作業において特に標的とされた感があるが、「新興・再興感染症研究拠点形成プログラム」もその一つである。しかしながら、本書を読んでこのプログラムが仕分け対象として適切であるということを納得する人は少ないのではないだろうか。本書のような著作に出会う度に、日本には科学者の営為を紹介する機会が如何に少ないかということと、如何に大事かと言うことを思い知らされる。薬学博士というバックグラウンドを持つ筆者と、インフルエンザ研究に携わるその父(薬学研究者)という幸運な組み合わせが本書を希有なものにしているのは間違いないところであるが、これくらい広い射程で深い取材があれば非常に魅力的な出版物ができるという証明ではないだろうか。「サイエンスライター」を名乗るのであれば、こうした労作に正面から取り組む姿勢が必要であると思うが、似非サイエンスライターが蔓延っているのが現状である。政府の科学普及政策の中には、どうして本書のように自らが出資して行った科学の営為を正面から描こうとする努力が表れないのだろうか。誰も読まない(業界内ですら読まれない)報告書を要求するだけでよいのだろうか。全く利害関係のないライターに取材させて、とりまとめをするというアイデアは悪くないような気がする。比較するのは公正ではないかもしれないが、例えば「タンパク3000プロジェクト」をテーマにドキュメンタリーを作ったとすればかなりお寒いのではないだろうか。個人的にはおこぼれ的な資金が生命科学研究にプラスには働いたと思うが、メインのストーリーに一般の読者を感動させるような出来事は少しでもあったのだろうか。お寒いから悪いとは言えないが、そうした側面もまた評価の対象であっても良いだろう。

著者の関心の方向性によるところが大きいが、本書ではハードサイエンスと人間ドキュメンタリーばかりではなく、社会とインフルエンザという視点が度々浮上する。例えば、「真理へと至る対話」、「合意へと至る対話」、「終わらない対話」という三つの対話という概念は、ともすればうんざりするような議論に陥りがちな場面で大変有効な考え方であり、印象に残った。本書ではあまりふれられていない領域であるが、ワクチンの有効性の判断において確率論的な思考が如何に一般に理解されない(そして時には専門家と呼ばれる人においてすら)かという問題は極めて大きい。「適切に怖がる」という言葉が登場するが、そのために必要なリスク計算の考え方をどうすれば一般に普及させることができるかは大きな課題であろう。これらはいずれも「真理へと至る対話」なのであるが、ともすれば「合意へと至る対話」で取り上げられていたり、「終わりのない対話」に変貌してしまったりするのが現状である。

もう一点気づいたところは、最終章で取り上げられる厚労省の迷走である。厚労省の出自とこれまでの役割を振り返った際に、現在の厚労省が何を使命とすべきなのか迷っているという分析は興味深い。厚労省に所属しながら、同僚の対応を徹底批判する医師がマスコミに出てきたり、相当混乱しているという印象はあったが、組織として明確な目標がもてないという状況は末期的である。著者にとって重要な対話として位置づけられているが、最終章の厚労省健康局の新型インフルエンザ対策推進室長補佐は、本人自身が厚労省の迷走を体現しているかのような印象を受けた。それまでの、様々な現場の人たちのコメントはいずれも様々な側面から今回のパンデミックを切り取っている力強いものであるのに対して、室長補佐のコメントは、どこかふわふわしたつかみ所のないものである。一つ一つのコメントは、例えばインフルエンザ対策は高度医療を達成した先進国の問題であり、発展途上国ではより致死率の高い感染症の問題が解決されていないという指摘など、真摯なものがあるが、一度退職してアジアから日本を見たいという話になるとどこかのんびりした具体性のない文明論のような話になってしまう。冒頭に登場するWHOのメディカルオフィサーの述懐との落差はあまりに大きい。

著者は「パラサイト・イブ」で有名な作家であるが、個人的にはサイエンスのバックグラウンドを活かして本書のような著作を送り出して欲しい。作家としてはより想像力を活かした創作という形も希望されていることは想像できるが、日本におけるサイエンスライターの枯渇は深刻な問題を引き起こしている。

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