「ガセネッタ・シモネッタ」米原万里

著者は有名なロシア通訳者であるとともに、ユーモアのあるエッセイの作者として多数の作品を世に送り出している。「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」は著者がプラハのソビエト学校に居た頃の友人を再訪するという話であるが、否応なく大きな歴史の波にのまれていく個人の人生が見事に描かれている。ユーモアは著者の重要な特質であるが、それにしても本書はタイトルで損をしている。国際的に通じる人材をどのように育成するべきなのか、あるいは国語とはなぜ重要なのかということが、著者の経験をもとに説得力のある議論として提示されている。今も文科省は大学のグローバル化に熱心であるが、本書で行われているような議論は十分咀嚼されているのであろうか。フランス語を公用語化することを主張した志賀直哉のように、日本語を持つということの価値をあまりに軽く見ているのではないかと心配になる。文学者が日本語を軽視することは極めて滑稽なようにも見えるが、このような錯覚に陥りやすいのが日本人の特性かもしれない。通訳という仕事は、国の文化やコミュニケーションについての深い洞察が不可欠であり、著者の議論は今もなお十分有効である。

驚いたのは2000年の先進国首脳会議における同時通訳のスタイルに関するエピソードである。英仏独伊露の五カ国語は同時に各言語へと通訳されるのに対して、日本語の通訳のみは常に英語への翻訳を経由して各国語へと翻訳されるのである。このスタイルは1975年以来維持されているという。即ち、日本からの発信は、常に英語的解釈(英語的文化に基づいた発想、世界観に依拠する)のフィルターを経ているということになる。著者はサミットにおいて日本独自の見解など、最初から期待されていないのだろうという辛口の評価をしているが、これは2014年においても何も変化していないように見える。著者は、日本の国際化の障壁になっているのは、日本語ではなく英語である、というよりも日本語を学ばせようとしない偏見であると述べているが、少しでもこうした視点が「大学のグローバル化」に採用されればと思う。

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