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zoom RSS 「研究不正―科学者の捏造、改竄、盗用」 黒木登志夫

<<   作成日時 : 2016/05/07 22:26   >>

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本書は、科学研究における不正行為を数々の実例を取り上げながら紹介している。取り上げられている領域は、著者の専門性に基づき生命科学、および医学研究中心であるが、インパクトの大きな事例として、考古学(ピルトダウン人事件、旧石器捏造事件)や実験物理学(ベル研究所における研究不正)といった分野にも言及している。実験科学、特に生命科学における研究不正として主要なものは網羅されており、著者が期待するように、本書は研究倫理に関心をもつ人たちがまず手に取る本の一冊になるだろう。著者は、昨今相次いで話題となった巨大組織における不正行為(東芝の粉飾決算、フォルクスワーゲン社の偽装問題など)との関連性についても意識しているようであるが、両者を結びつけるようなより深い議論は行われていない。

著者は、基礎医学領域において国際的に著名な研究者であり、そのアドバンテージを活かして、当事者、あるいはごく近い研究者から新たな証言を引き出しており、その点は類書にない特徴である。また、本書では研究不正が公的に認定された研究者の実名での言及は回避され、イニシャルで記載されている。しかしながら、いずれもネットにおいて様々な言及がある事件ばかりであり、知りたい読者は容易に実名にたどり着くことができるだろう。イニシャルである理由の一つは、事件が明るみに出た時点で社会的な制裁を十分受けているというものであるが、このあたりの感覚は現役の多くの研究者とは大きな隔たりがあるように思う。

研究の主役である遺伝子ノックアウトマウスが存在しなかったという捏造論文の責任著者である大阪大学医学部教授は、最近では科学研究費の審査員として復帰しており、また大きな臨床研究の責任者にも任命されている(こちらは中間審査で杜撰な研究実施体制を指摘され、プロジェクトが停止された)。本書では、同研究者によるビスファチンというホルモンに関する論文について、インスリン受容体に結合するという勇み足データさえなければ、引用数も多く、良い研究なのにという評価を与えられているが、架空のマウスで大規模な捏造研究を行ったグループの二回目の撤回論文に対するコメントとしては実に甘いものと言わざるを得ない。大阪大学の事件が示すことは、いったん地位を得た有力研究者は大きな不正行為が発覚しても何度もチャンスを与えられるということであり、この地位を目指して過酷な競争に身を投じている研究者は少なくないだろう。そのような競争がルールに則って誠実に行われていると期待することは難しい。

東京大学分生研の事件では、極めて長期にわたって不正研究が展開され、数十億円にのぼる研究費を通じて得られた成果は、撤回論文の山、国立大学の3名の教授の退職、そして学位の取り消し処分であった。巨額の公的資金の浪費、国立大学の研究教育への影響(それぞれの研究室には所属する学生がいる)、アカデミアにおける健全な研究の発展の阻害など、その影響は極めて大きいと言わざるを得ないが、K元教授は事件について語ることはなく、福島において第二の人生を歩んでおり、この活動を高く評価する向きもある。本書ではこうした事実は記載されているが、著者による評価は控えめである。

東北大学総長の研究不正については、研究資料が船の沈没で失われたという酷い言い訳や、二重投稿の公的な認定といった事実には言及しつつも、この事件は大学内における悪意のある不正の告発に端を発するものであり、最高裁判所はこれを正当に判断したというのが著者の評価のようである。研究結果の再現性の低さや二重投稿といった問題は、国立大学の学長の地位を揺るがすほどの不正ではないという考えであろうか。こうした司法の判断は、不正行為の告発を抑制し、研究者のモラル低下につながる恐れがあるが、そうした言及はない。著者が総長の行為を擁護する理由はよく理解できないが、大所高所の判断ということかもしれない。組織の秩序の維持という観点は理解できなくもないが、そもそも国立大学の学長は清廉さという意味でも緊張感が要請されるポストなのではないだろうか。

一方、STAP事件の関係者は小保方さん以外すべて実名で登場し、一部の登場人物の行動については、事実とはいえかなり辛辣に表現されている。こちらについては全くその通りというしかないが、著者が不正研究者をイニシャルで表すというルールに従い、小保方さん以外を実名で記載しているのはバランスが悪いという印象をもった。本書において実名で登場する研究者たちも大きなバッシングを受けているし、一名は自殺している。それだけ本件については著者の怒りが大きく、小保方さんの周辺の研究者は実名を後世まで記録されるべきという考えなのかもしれない。一方、本書で取り上げられることがない理研の関係者は誰かを考えれば、生命科学研究の世界のエスタブリッシュメントたちの意向を想像することができる。高い知性をもった悪に対しては、著者のように同様に高い知性をもった人物が批判するしかないが、逆に本書のように看過するようでは、今後も高い知性をもった研究者や官僚が黒幕となった犯罪的な研究不正はやむことはないだろう。STAP事件に関する考察は、なぜこういう事件が起こったのかという原因に対する考察がないというという意味で不十分である。

現場の研究者が何度も要望をだしているにも関わらず日本では研究公正局(ORI)が設置される気配はないが、著者のような立場の研究者がORIについてどういうスタンスであるかを理解すると、設置されない理由も想像ができる。著者は日本学術会議のような組織の下部に日本版ORIを設置するのは良いが、文科省をはじめ官庁として設置することは研究活動を萎縮させるという意見を述べている。日本学術会議は、会長が業績の水増しをしていても大きな問題にならないような体質を有しており、どちらかといえば東北大学の元総長のような「大物」科学者に親和的な組織のように見える。研究倫理はこうあるべきといった総論的な内容の主張はできるだろうが、各論の不正事件を適切に取り扱うことは現体制のもとでは難しいだろう。独立性があることは公正局の重要な条件であり、そういう意味で著者の提言は正しいが、日本学術会議がその器として適切かどうかは疑問である。少し言及はあるものの、公的研究費の配分が不正研究によっていかにゆがめられているかという指摘が本書では弱いように思う。ORIによる研究活動の萎縮を心配するより、不正研究者が大型の公的研究費を浪費することにより、研究領域の多様性としてできるだけ維持されるべき小さな研究グループがどの程度消滅しているかについても想像を働かせるべきではないだろうか。

影響力の大きな著作になりそうなので、幾分批判的な感想を述べたが、労作であり、不正の心理や周辺の研究者の振る舞いへの洞察など、研究者が執筆することの意義が感じられる一冊である。研究不正の資料としては、著者のコメントも貴重である。現在の研究環境をいかに改善するべきかという点については、今後是非シニア研究者としての責任ある提言をしていただきたい。

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