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zoom RSS 小保方問題についての早稲田調査委員会の報告書の説明:研究者の厳しい見方の背景にあるもの

<<   作成日時 : 2014/07/20 22:35   >>

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早稲田大学の調査委員会の報告書については多くの研究者と同様、大きな衝撃を受けた。何も書く気が起こらないくらいのインパクトがあったが、酷い酷いと嘆いているのは生産的ではないだろう。過疎ブログであるが、少しでも一般向けに補足説明ができると良いと考えているので、参考にしていただければ幸いである。ここでは既にネットで多数指摘されている、この判断がもたらす大きな影響(「明らかに学位に値しない論文であるが、一旦授与した学位の取り消しはしない」ということを大学が明言することによる学位の価値の低下など)というコアの問題点については取り上げないが、なぜ多くの研究者が怒っているのかという点を補足してみたい。

調査委員は委員長のみが明らかにされ、その他の委員は匿名である。調査委員会が報告書をもって解散する性質のものであれば、他の審査委員の名前が明かされないことは異常な対応である。考えようによっては架空の委員会であることすら危惧されるが、これを否定することは第三者には難しい。報告書は一歩踏み込んで提言しているが、これを受け入れがたいと考える大学教員は多いだろう。しかしもし委員長主導の結論に反対するのであれば、委員を辞するという判断が適切である。匿名でこのような提言を支持するのは恥ずべき態度である。

後述するが、仮に調査委員の肩書きを信じるとしても、この中には適切な自然科学の博士審査のあり方を知悉する人物が一人も居ないという可能性も考えられる。医学博士がいるではないかという意見もあるだろうか、医学博士は多くの学位の中で極めて特殊な位置づけにある。自然科学の博士の学位審査のあり方を委員の誰も知らないと言うことであれば、委員長の結論ありきの今回のような報告書が作成されることもやむを得ないことであろう。学術に対する向き合い方の根幹に関わる問題であるが、報告書が底の抜けたような印象を与えるのはそうした事情が背景にあるのかもしれない。調査対象者の父親に聞き取り調査をしたり、母親の体調に言及したりするといった、およそ学位審査と全く関係ないことに労力が割かれているのも、そもそも自然科学の博士の審査のあり方をしらないのであれば批判することは難しい。人選については端的に学長の失敗(もしも本当に学位の授与の妥当性を審議するつもりがあるなら)と言えるだろう。

それでは順に問題点を取り上げる。

まず、博士の認定が何に対して行われているのか、何が審査の対象であるかという前提が調査委員会では最初から無視されている。自然科学の博士の学位は、ささやかでも良いので、これまで人類が獲得した知識のエリアを広げたということが観点として評価される。いくらたくさん実験しても、それが既に行われた研究成果と同じ結果である場合や、あるいは既知の情報から容易に推測できるような結果は評価されない。また、指導教員は存在するものの、独力で研究プランを企画し、自ら検証したということが極めて重視される。実験を自分でやるということは当たり前であるが、たとえ実際は指導教員のアイデアであったとしても、審査の過程ではこれは自分のオリジナルのアイデアであり、十分に考えた末に着想した仮説であることを強く主張することが要請される。審査には様々なスタイルがあるが、学位申請者の独創性と独力で行った研究であることが重視されるのはどの分野でも共通しているだろう。小保方論文はSTAP事件と同じで、そもそも大学院時代に実験をしていたかどうかから調査すべきであるが、調査委員会はその点は文字として書かれたものしか見ないという不適切な姿勢をとっている(三木弁護士のようにノートが提出されても、その意味が分からなければ、確かに検討は不可能であろう)。真正の実験データがあるかどうかは最初から不問なのである。当該分野が実験科学であることを考慮すると、全くもって異常な判断と言うしかない。STAP事件のノートのありようを見る限り、彼女が大学院時代に実験をしていたことを彼女が証明することはおそらく困難だろう。そもそも学位審査ではこの実験結果に疑義があるという問いが発せられたら、これを打ち消すのは学位申請者の方の義務なのである。

学位が認定された事情として、調査委員会は、審査により掲載が判定される査読誌に主要な研究成果が掲載されたことを上げている。これはまさに医学博士らしい発想である。医学博士は自然科学の学位の中では最も取得しやすい学位であり、これまでも様々な不正の舞台として機能してきた。摘発されていない事例は山のようにあるので、文科省公認のディプロマミルが医学部にあるという見方もあながち間違いではない。しっかり研究をしてきた多くの医学博士には失礼であるが、ブランドとしては既に価値が毀損された状態にあるというのは生命科学領域では常識である。多くの大学において、医学博士の審査会は機能していない。博士(学術)なので医学博士とは些か異なるが、iPS事件の森口尚史は東京大学で学位を取得しており、その審査委員はあっと驚くような有名な学者が担当している。医学博士に戻るが、審査会は形だけであるので、査読誌の判断をそのまま流用する。「立派な雑誌に掲載されているので、立派な研究ですね」というわけである。外部の査読誌に学位の授与基準を置くと何が起こるかというと、不心得な大学では○○大学医学雑誌というような名称のお手盛りの査読誌を発刊し、これに通った論文は学位申請に使えるということにしてしまう。○○大学医学雑誌の審査委員は医学部の教員であるから、審査はザルにすることができる。さてどうしてこういう仕組みが作り上げられたかは想像するしかないが、医学部ならではの仕組みであるということは間違いない。巷では健康食品や怪しげな健康法をもとにした詐欺行為があとを絶たないが、こうした商売の後押しをする専門家における「医学博士」の出現率は突出している。「医学博士」という肩書きで商売をするというのは、まさにディプロマミルの顧客である。今回の事件でも同じ構図は存在しており、小保方氏の査読論文はバカンティ兄弟が設立した雑誌に掲載されており、問題が発覚した後、異例のスピードで当該論文の修正が承認されたことは注目すべきである。大学は、学位申請者が実際に実験をしたことを直接確認できる唯一の環境であり、その責務は極めて重要である。博士論文審査はdefenseと呼ばれるが、これは教員によるあらゆる批判に対してこれを一つ一つ反論していく過程を示している。査読誌の別刷りをバインダーに挟んで学位がもらえる医学博士には想像が難しい世界こそが、標準的な学位審査である。

余分になるが、「極めて高いレピュテーションを有する」大学が早稲田であるという自己認識には苦笑を禁じ得ない。委員長は法学系なので、母校に誇りをお持ちなのかもしれないが、理工系における早稲田大学とは、補助金はよく取るが失敗する研究プロジェクトが多いことでむしろ有名である。文科省と近いところにいて「魅力的な」提案はできるが、内実が伴わないという印象をもつ研究者は多いのではないだろうか。先進理工学部の例をあげれば、人工血液のプロジェクトなどは大変興味深い事例といえるだろう。

研究者という閉じた世界の中で粛々と維持されてきた規律に対して、公然と挑戦しているのが、今回の早稲田大学調査委員会の報告書である。中身がないものについて手続きが正しいから徒にこれを攻撃するべきものではないというのは弁護士の理屈としては理解できるが、これを認めてしまえば、科学研究の世界は架空の成果で学位や研究資金を得るという詐欺的行為がこれまで以上に広まり、学問的な誠実さに拘る研究者はそのあまりの効率の悪さに競争に敗れ消えていくだろう。ルイセンコ事件との比較が行われることが増えてきたが、文科省公認で政治家が介入しているという点において今回の事例の方がより深刻かもしれない。現在のロシアのように、一旦破壊された科学の営みは復活することは容易ではないだろう。日本の科学は正念場を迎えている。

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