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zoom RSS 「予想通りに不合理」ダン・アリエリー

<<   作成日時 : 2014/05/19 09:36   >>

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本書は、行動経済学分野において活発に発信しているダン・アリエリーのおそらく最も有名な著作である。原タイトルはThe Hidden Forces That Shape Our Decisionsであり、古典的な経済学が想定していた「合理的な人間」を否定するだけではなく、人間の判断の不合理さの背後に存在するメカニズムについても議論されている。カーネマンの「ファスト&スロー」とあわせて読むと興味深いが、こちらはユニークな実験内容の紹介を通じて、より実生活にヒントを与えるような書き方になっているところが特徴と言えるだろう。

個人的には、経済規範と社会規範という二つの態度がどういう性質をもつかについての実験と議論が興味深かった。保育所では終業時に子どもを迎えに来る時間に遅刻する保護者がしばしば問題となる。通常は遅刻をして関係者に迷惑をかけてはいけないという社会規範がブレーキをかける形で、遅刻は一定の頻度におさまる。一方、遅刻が目立つ保育所において、これを抑止するために遅刻に対する罰金制度を導入したところ、むしろ遅刻の頻度が増大することになった。これは社会規範から経済規範に保護者の態度が切り替わったことにより、遅刻に対する罪悪感が軽減したためと考えられる。さらに注目すべきは、この後、罰金制度を廃止してもとのルールに戻しても、遅刻の頻度は悪い状態のままであったという事実である。即ち、一旦人の態度を経済規範側に切り替えてしまうと、容易には社会規範を取り戻すことはできないことが示唆されている。

このエピソードを念頭において研究者のとりまく環境を見ると何が言えるだろうか。現在、論文掲載に基づく研究成果の評価は、競争的研究資金の獲得や人事面での厚遇と強くリンクしている。基礎研究の領域においても、人類の知の拡大に貢献しようという一種の社会規範は、研究費やポストを得るための成果を得ようという経済規範に置換されているといえる。あるいは経済規範を無視した研究活動は不可能といっても良い。保護者たちがこれくらいの罰金を払っているのだから遅刻しても良いだろうと考えたことと、この研究テーマだったらこれくらいの予算が獲得できるだろうと考えることはどこか通じるものがある。全ての研究課題には値札が付けられ、その価値がすぐには確定しないプライスレスな研究課題を追求できる研究者はごく稀である。

本書で指摘されるように、経済規範の優先はより利己的な態度を助長する傾向を内在しているが、実際に基礎研究の世界においても研究不正や情実人事、仲良しサークルにおける資金配分などが目立つようになってきている。行動経済学の実験結果は、経済規範への切り替えは社会規範の毀損につながり、その回復は困難ということである。現在、基礎研究においては、誠実な研究態度を維持することを通じて少しでも成果が出ない時期が継続すると、研究の世界からの事実上の退場が迫られてしまう。その結果、飛び抜けて生産性の高いユニット(長期間一線の研究を続ける上では優秀さだけでは続かないことが多く、偶然も味方しないといけない)、あるいは国際的な研究マフィアの所属メンバー(海外のビッグボスに隷属した研究者)、そして、研究不正を厭わないユニットが選別、濃縮されるという状況を招いている。2番目はボスの研究の価値を高めることで有力誌に掲載してもらう茶坊主的研究ユニットであり、3番目は研究費を詐取し不正研究者を再生産する悪である。経済規範の要素をいかに排除していくかが、今後の基礎研究の発展における喫緊の課題ではないだろうか。優れた研究者を一億円プレイヤーになどという施策が何を招くかはもう既に予想可能と言えるだろう。

もう一点重要な指摘は、多くの人間は現金が対象となるとごまかしが抑制されるが、代替品(それが5分後に現金と交換できる引換券でも!)になると倫理観が急激に低下することである。研究費は細かな使途の追跡がないため、小型研究費の申請では到底その額では不可能な量の実験計画が書かれる一方で、大型研究費の場合は逆に実験計画に使用する資金だけでは使い切れない額が支給されることが多い。このように実体と乖離した紙上の数字として研究費が取り扱われていることは、研究費使用の不正が生じる一因となっているだろう。

基礎研究の領域は、社会規範(人類の知に貢献する)を優先した丁寧で着実な積み重ねがあって、はじめて豊かな実りが得られる分野である。NIHが生命科学の研究の再現性を検証する機関を検討していることが報じられたが、ウソを検証するのではなく、そもそもウソの少ない研究環境をどう形作るかを考えなければいけない。研究者に社会規範を想起させ、誠実で丁寧な研究を褒賞するような枠組みを設定することが、生命科学研究の信頼回復の道ではないだろうか。

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