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zoom RSS 自滅する生命科学:研究資金配分が誘導する研究コミュニティの崩壊

<<   作成日時 : 2012/11/12 06:54   >>

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山中先生のノーベル賞受賞とほぼ同時に起こったiPS細胞をテーマにした森口さんの事件は、興味本位の話題を新聞やテレビに大量に提供してしまったために、iPS細胞という研究成果が社会に与えるインパクトや課題についての議論を置き去りにしてしまった。当人のキャラクターがあまりにテレビ向きで面白かったことが関心を引いているようであるが、既に明らかになった情報からだけでも相当大きな問題が隠れているように思える。自然科学研究へ社会がどのように投資していくかという問題は、次世代の人々の生活を良い方向で変えていく上で極めて重要であるが、実際には目を覆わざるを得ないような失敗が散見される。山中先生ご自身は若手研究者への援助の拡大等研究者コミュニティにプラスの発言を続けていらっしゃるが、今回のノーベル賞受賞は、日本の生命科学コミュニティは健全で、現在の方向性を維持しておけば良いという誤ったメッセージにつながりかねない。現場の研究者が危惧している問題点の解決はこれでまたもや先送りにされるのではないか。

基礎研究がどのように発展し、社会を変えていくかを予想することは極めて困難で、この点が見通せる人間はいない。ファラデーは、その発見が世の中に何の役に立つのかという質問に対し、「生まれたばかりの赤ん坊は、世の中で何の役に立つのか?」と切り返したという逸話は有名であるが、自然科学においてはひとまずたくさんの赤ん坊を生み出すことが大事であり、両親の選別に時間をかけすぎることは意味がない。また、どんな赤ん坊でも生育環境にたくさんの資金を投じれば必ず社会に役立つというわけではなく、優れた基礎研究の一部は時が来れば自ずと社会を変える技術へと変貌する。山中先生のキャリアで重要なポイントは奈良先端科学技術大学でのポストの確保であり、そこからCell論文につながる期間のサポートがおそらく決定的に重要な資金供給と考えられる。Cell論文が出てからは、現行のルールに従えば研究継続の資金を獲得することは容易であり、iPS研究所以降の資金の話はまた別次元のお悩みということができる。

それでは現在どのように研究資金が配分されているのかというと、「選択と集中」をかけ声に、長期間にわたって傾斜配分が進められてきた。おおざっぱにまとめると、国立大学の基盤的な研究費を大幅に削減し、競争的資金に組み換えることにより、旧帝国大学(特に東大、京大)への集中を高めてきたということができる。10-20年くらいのスパンで考えると、地方大学において一つの研究室は、特別な外部資金をとらなくても500万円くらいは基盤的資金を有していたが、今や0-100万円というのが一般的であり、外部資金が途絶えた研究室は即死するという状態である。地方大学では既に事実上死滅した研究室はたくさんあり、研究費の削減→研究量の減少→外部資金獲得の失敗という負のスパイラルががっちりと形成されている(これは高等教育に深刻な影を落としているが本記事ではふれない)。地方大学の惨状は新聞でも取り上げられることがあるが、これを高等教育の危機と捉える動きは鈍い。

一方で、旧帝大では「ビッグラボ」が量産されるようになった。ビッグラボとは、たくさんのポスドクを雇用し、「特任」ポストを量産し、年度末には倉庫が必要なくらいむやみに消耗品を購入し、数百万円から一千万円という機器購入の事実上の決定権が大学院生にあったりするラボのことである。ビッグラボは運営に巨額の研究費を必要とするために、時限付きの大型予算を切れ目なく獲得しなければいけない。また、一般にはボスの中心テーマが一つあり、ここにその時の流行の研究の要素を組み合わせながらドライブされるという運営が一般的である。例えば、それはRNAであり、タンパク質の構造解析であり、エピジェネティクスである。

ビッグラボには構造的な問題がある。それは、1)研究者の雇用を続けるためには、大型予算を獲得し続けなければいけない(即ち継続的に大型論文を発表し続けなければいけない)、2)1)に伴い本質的なサイエンスとは別の動機で研究課題を設定せざるを得ない(トップダウンの大型予算がつかない領域の研究には手を出さない)、3)部下の殆どは時限付きポストであるため、短期的な成果をあげることが当人の主たる目標となり、研究者としての地道な訓練が無視されやすい、4)新たな独立研究者を生み出す余裕がなく、資金と権力だけがあるために、輩出される若手研究者は指導者の劣化コピーであることが多い、といった問題点である。創造的な研究ユニットの数というのはそれほど大きなものではなく、宇宙船でも飛ばさない限りはビッグにするメリットはそれほどない。しかしながら、研究資金制度がこうしたビッグラボを生み出しやすい環境を準備しているため、数々の弊害が指摘されているにも関わらずビッグラボはなくならない。そもそも研究能力の優れた基礎研究者と、ビッグラボの運営を適切にできる人材とは同値ではないのだが、一旦ビッグラボ化すると、研究室運営についての適性を問われることはない。いくつかの事例を調べると、研究室運営は得意であるが、研究者としての能力が低い研究者が「ビッグラボ」に化けてしまったために生じた不幸もあるかもしれない。

上記のビッグラボの状況を考慮すると、これを指導者が10-20年退職まで続けるというのは相当大変なプレッシャーであることは想像に難くない。さらに問題なのはそうしたビッグラボで雇用されるポスドクが、短期間で成果を出すことを至上目的としていることである。これだけ負の条件が揃った環境で、本来の研究室の機能である、1)得られたデータを十分に吟味して、信頼性の高い科学論文として公表する、2)研究活動の中で後進に研究のディシプリンを伝授し、新たな独立研究者を生み出す、といった目標を適切に達成することは極めて困難である。うまくいっているラボが稀にあるからといって正当化できるようなことではない。一方で、実際の実験者への研究指導は中間管理職的なポストの研究者が担うことが多いため、現場のトップであるこのあたりの担当者が悪魔に魂を売ってしまうと、捏造研究室一直線となってしまうことが多い。中間管理職は、一発大きな仕事をして独立ラボを構えたいという気持ちが強いため、このあたりにも問題点が隠れている。

森口さん事件もしっぽ切りに向けた責任逃れの動きが各所で見られるが、現在の雇用者である三原助教は、実験の実態がない仮説を掲載する論文誌を自ら立ち上げJSTのプラットフォーム上で展開するなど、外形的には極めて胡散臭い動きをしている。三原助教のような人物が、最先端・次世代の巨額の研究プロジェクトに採択され、億単位の研究費を得ているという事実は、このユニットが一種の集金マシンとして機能しており、周りにうまみのある研究者がたくさんいることを暗に示しているが、どこまで真相が解明されるだろうか。本プロジェクトの採択に関わった審査員はその経緯を明らかにすることで責任を果たすべきであろうが、そこまで調査が深まることはまずないだろう。

研究資金配分の改善策として以下のような方法が考えられる。
・生命科学ではビッグラボは明らかに弊害が大きい。研究資金の集中を禁止し、一つの業績が複数のグラントの報告書に重複して掲載される状況を改善する。現在するビッグラボは、中間層を独立させ、小グループに分割する。
・基盤的資金を拡充する。あるいは現在比較的透明な審査体制となった科研費の1件当たりの規模(総額と期間)を大きくし、5年以上のスパンで研究室の運営が可能となるようにする。
・実験科学を主体とする研究室の総数を国策としてどの程度にするかを再検討し、研究費の総額に見合った状態に近づける。現在のように「死に体」の研究室を放置しない。

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
こちらの現場報告を読ませて戴きました。
リンクをはらせてもらいました。
なんとも悲惨な状況と軽い衝撃を受けた次第です。
ただ、この手の問題は、自然科学の問題というより、
制度→社会科学の問題なので、社会科学者の制度研究
の役立たなさが如実に現れているように考えます。
renqing
2013/05/04 22:08

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