読書の記録

アクセスカウンタ

zoom RSS 「主体性は教えられるか」岩田健太郎

<<   作成日時 : 2012/10/20 23:05   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

「バイオテロと医師たち」の最上丈二が本書の著者であることは後に知ったが、若手が新書を書くことのリスクは医学部の場合はより大きいのかもしれない。神戸大学の教授としてポジションが確立されてからは、本名で数多くの著作が出版されている。デビュー作から相当幅広い関心をもった医師であることは伺えたのであるが、次第に著作の内容も自由度が上がっているようである。「予防接種は効くのか?」は非常に興味深く読んだが、本書は語りの洒脱さとは裏腹に読み進めるのがつらいところもあった。「科学者の養老化」とでもいえば良いのだろうか、論理性や科学の手続きをきちんとおさえることができる人でも、有名になったり、人文系の著作家と懇意になったりすると、途端に自らの特性を失って随筆家のようになってしまう。これは一種の知的退廃で、自然科学者はよほど気をつけないとこの陥穽にはまってしまう。養老孟司も唯脳論まではまだ自然科学者にもそれほど抵抗感はないが、次第に記述の論理性や厳密性は損なわれ、今では単なる随筆家としかいえない状態になっている。歴史の審判に耐えるような質の文章は今や見あたらない。本書を読む限り、著者においても「養老化」が進行している気配がある。著者には医療の現場で科学者としての知性をフルに発揮していただきたいと考える筆者からすると、前半のぐだぐだした文章は辛いものがあった。何度同じことを繰り返すのだろうという印象と、「〜と申し上げているだけである」という内田樹の文体の模倣、内田樹の著作の引用など、ちょっとうんざりさせられる。内田樹の主張を十分消化できないまま本を書いて、主体性とはこれいかにという批判もしたくなるくらいである。

中盤以降は著者の実践の話が出てくることから、読む方も持ち直す。この部分についてもっとたくさん記述があっても良いのではないか。対話形式で学生との交流が描かれるが、ここはもっと掘り下げてみる価値があるのではないだろうか。何故か非常にあっさりとしており、今後どのように著者の実践が展開するかは明示されない。

最後半は何とサッカーの与太話で驚いた。「なでしこジャパン」こそ主体性を体現しているという結論であるが、何故そうなのか、どこが違うのか、同じ世代の若者を指導する上で学ぶべきところは何なのかといった議論はあまりない。男子の方のチームの分析も、Numberを読んでいるのかと思うくらいありきたりである。最後まで読んでやはり「養老化」現象が著者を蝕んでいるような気がしてならなかった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「主体性は教えられるか」岩田健太郎 読書の記録/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる