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zoom RSS 「医学と仮説―原因と結果の科学を考える」津田敏秀

<<   作成日時 : 2012/09/17 22:09   >>

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未知の課題にどのように取り組むかというアプローチの問題は、自然科学の研究者が受ける訓練のメニューとしては最も重視される項目といって良いだろう。しかしながら、大きな意味ではそのアプローチの方法は自然科学者のみが通暁していれば良いというものではなく、文理問わず多くの人が身につける必要があるということを折に触れ述べてきた。本書は官僚や裁判官といった文系の知識人における誤った思考プロセスを指摘するばかりでなく、医学者、あるいは科学者と呼ばれる人材においても同様の深刻な間違いを犯すことがしばしばあることを具体的に取り上げている。

著者は疫学を専門としていることから、因果関係の問題を通じて科学哲学と自然科学の接点の領域を議論している。因果関係についての誤解、あるいは浅い理解が、医学者やあるいは自然科学者を誤った判断に陥らせることは、本書の事例をみても明らかであり、それはひとえに疫学の考え方を教育する機会が限られていることが原因と言えるだろう。特に政策と結びついた際には、この種の誤りは、不作為の理由が欲しい官僚や、公害企業にとって有利に作用し、結果として多数の公害・薬害患者を生み出すことにもつながっている。

著者の主張は明瞭で、特に異議を差し挟むべきところもないように感じるが、自然科学領域の高等教育において疫学を基礎科目として採り入れようという動きはない。これはどうしてだろうか。自分自身もそういう傾向があるが、科学哲学に対する強いアレルギーをもつ自然科学研究者は多いだろう。物理学者が量子論を採り入れたのは当時の社会的な情勢が要因などという馬鹿げた論考を読めば、多くの自然科学者はこうした人たちと議論する必要はないと考えるだろうし、またそうした領域は学問分野として到底尊重できないものと考えてしまう。トーマス・クーンの著作は有名であるが、それがクーンを含む自然科学の手続きを全く知らない知識人により、自然科学の価値を貶めるために利用されてきた歴史を辿ると(藤永先生:クーン解体新書)、真面目な自然科学者は暗澹たる気持ちにさせられるだろう。「数学を始めとする高度な自然科学のツールや理論は到底私には理解できない。だからきっと大した意味はないはずだ」という思い込みは、自然科学をもラジカルな相対主義の海に沈めて、自分たちのお得意の生産性の低い議論の中に取り込んでしまう。本書自体は別にクーンの見解に与しているわけではないが、科学哲学と聞くとそのような自然科学者にとっては不毛にしか見えない議論が想起されてしまう。ヒュームの問題を始めとする、研究者であれば知っておくべき科学哲学は実際に広い範囲で存在するが、自然科学者と科学哲学者は自然科学の利用するツールに対する理解度という点で、所詮は非対称な関係に過ぎない。著者が所々で指摘するように、須く研究者は科学哲学の原則的な問題には自覚的であるべきであるが、同時にクーンやファイヤアーベントのような議論にまで親しむ必要はないだろう。

本書はあくまで話題提供であり、現在の医学者や多くの自然科学研究者への問いかけである。しかしながら、後半を読み進むにつれて、ロスマンの疫学の教科書やベイズ理論についてしっかり勉強したいという気持ちが生じてくる。岩波科学ライブラリーということで、書店でふらりと購入することはむずかしいかもしれないが、医療人や生命科学分野の研究者は読んでみるべきだろう。

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