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zoom RSS 「偶然の科学」ダンカン・ワッツ

<<   作成日時 : 2012/04/30 22:29   >>

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物理学者から社会学者に転身した著者は、現在コロンビア大学社会学部教授でかつヤフーリサーチ主任研究員である。スモールワールド・ネットワークに関する著書でも有名である。本書では冒頭からオールドスタイルの社会学者であれば目をむいて怒り出しそうな社会学についての著者の考え方が述べられるが、著者が自然科学の世界から転身したことをふまえればごく自然な発想であることが理解できる。社会学においては取り扱うべき要素の数や、関係は複雑すぎて、何らかの普遍的な法則を打ち立てることは原理的に難しい。著者は、自然科学の範疇にそしらぬ顔で入り込んでいる生物学や医学もまた「物理学的」な展開が不可能な学問であることをしっかり言及している。これまで多くの研究者が、「物理学的」なモデルでそれぞれの研究領域を統合、整理しようとしてきたが、そもそもそういう営みそのものが空しい試みではないかという著者のスタンスは分かりやすい。しかしながら、社会学や生物学、医学が全く無用の長物ではないことも事実であり、「中くらいの」範囲を相手にしたそこそこの理論でもって、ごく近い将来について何らかの予想ができることも述べられている。

著者の得意分野と思われるインターネットにおける数々の実験は、これまで社会学で実施しようとすれば莫大な費用がかかったと思われる調査を、遙かに小さな手間で実現しており、さらには社会学では一般に不可能と考えられる「介入実験」的なことにまで手を広げている。このようなステップで得られた知見は、「自然科学的な」データとの取り組みに由来しており、従来の研究者個人の文学的な仮説とは雲泥の差がある。従来の社会学の仮説が、一種のトートロジーに陥っている(「成功するものは成功する性質を備えていたから成功したのだ」)ことと比較すれば、著者の実験から得られた仮説は検証可能であり、場合によっては、ネットの仮想世界の中で介入実験を行うことすらできるのである。インターネットを利用したデータ収集こそが社会学における「自然科学的」なアプローチの一歩なのかもしれない。自分の関わる分野を振り返ってみても、細胞内シグナル伝達の研究などは、「ある現象にMAPキナーゼが関わっているのは、著者がMAPキナーゼが関わると思ったから」であり、トートロジー的な側面があることは否めない。生物学や医学論文で「ストーリー」が重視されるのも、本書のいう「常識」にとらわれて、「社会学」的であるせいだろう。

予測不能性―単にある出来事の予測が難しいということだけではなく、何を予測することが適切であるかが予測するときには分からないという問題―は非常に重要な指摘である。本書ではZARAの戦略が紹介されるが、それは予測らしい予測をせずに、消費者の傾向を素早く掴んで後付けで商品を準備するというものである。また、何度も繰り返し挑戦できない大きな決断では、予測から得られる確率には意味がない。大きな変化が起きるときには、これまでの平時のデータをもとにして得られた予測に意味がないことは自明である。著者がネットミュージックの嗜好実験から示しているように、どの曲が売れるかは相当大きなばらつきの中にあり、流行についての分析や解説はいずれも単なる後知恵でしかない。アメリカは個人の成功を異様に賞賛する社会であり、何百億の退職金を手に悠々自適の生活を送る例がしばしばニュースになるが、こうした事例において何が成功者とそうでないものを分けるのかは原理的に説明不能である。あるときある人が交通事故の加害者となる例についても思考実験が紹介されているが、これについても、起こった結果は酷いもので加害者は罰せられてしかるべきと誰もが考えるが、実際の出来事はいくつもの偶然の積み重なりであり、同様の無謀な運転をしているドライバー全てが罰せられるわけではない。こうした事実を知ることは、馬鹿みたいな高額の報酬を是としないことや、あるいは恵まれない境遇にある人たちに手をさしのべたりする十分な理由となりそうである。著者のように「自然科学的な」アプローチでもって、社会における「偶然の科学」が「中くらい」の範囲であれ成功を収め、多くの人たちにその意味が届くことは大事なことだと思う。

ムロディナウの「たまたま」とあわせて読むと、より理解が深まるのではないだろうか。

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