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zoom RSS 「「安全な食べもの」ってなんだろう?―放射線と食品のリスクを考える」畝山智香子

<<   作成日時 : 2012/04/17 01:36   >>

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著者は既に「ほんとうの「食の安全」を考える―ゼロリスクという幻想」を執筆しており、食品の安全性についての一般向けの解説を著している。本書は原発事故を契機として緊急に企画されたことが巻末にも述べられているが、本書の方がむしろ良くテーマが消化されており、分かりやすいという印象をもった。被曝による発がんという軸がしっかり設定されているせいかもしれない。放射線の被曝と健康障害についてはネットを中心に様々な意見が拡散しているが、ネットの悪い特性である思い込みが強化されやすい構造が原因となって情報は分断されており、知るべき人に必要な情報が伝わっていないことが多い。放射線による被曝について意見を述べる前に、本書を一通り読んで、それから自分で考えてみるという姿勢があればと思わざるを得ない。一部では高い評価を受けているようであるが、もっとたくさんの人に本書が届くことが望ましい。早期の文庫化やネットでの公開、電子書籍など、広い層に本書の知識が届くような動きがあればと思うが、そうした取り組みはあるのだろうか。カバーの見返しには「「ただちに影響があるわけではない」は正しい!」と大書されているが、出版社の編集者のセンスのなさが大変残念である。枝野発言が世の中でどのように受け取られているかを想像できれば、このような煽りが百害あって一利なしの「逆宣伝」になっていることが分かるだろう。編集者あるいは広報担当は本当に本書を読んでいるのだろうか?内容を理解していれば、「放射線を超える食品リスクとは?」とか「食品リスクは放射線ばかりではない」というのが適切な煽りだろう。

本書は「ほんとうの・・・」で省略されていた考え方についても紙幅が割かれており、解説も実に丁寧である。それでも理系ではない読者にとってはハードルが高い部分があるようであるが、そういう人たちは細かい議論を措いて読み進めると良いだろう。一方、これは結論のある話ではないが、食品が一生分を一日で食べることはないのに対して、放射線被曝ではどうした事態も起こりうる。総線量当量の考え方にはどのくらいの期間で被曝するという時間的なファクターが無視されて議論が進められることがある。弱い被曝→DNAへの傷害→DNAの修復というサイクルを考えたとき、修復過程は酵素反応なので、頻度の高い被曝では修復が間に合わないことも考えられる。慢性的な被曝が、直接的なDNA損傷ばかりではなく、一種の炎症応答を惹起することを考慮すると、線量当量の考え方は必ずしも実際の影響と比例するものではないことが想像される。具体的な計算で食品リスクと被曝リスクを比較するところが本書の重要な箇所であるが、計算に入る前にそうした時間のファクターについても説明があると良かったのではないだろうか。

日本人にはお馴染みの汚染であるヒ素、そして米のカドミウムなどが放射線との比較で解説される点が本書の優れたところである。「食育」という流行りのキーワードでとにかく伝統食が一番ということが無根拠に提示されたりするが、こうしたプロパガンダの問題点やミネラルウォーターの危険性、マクロビの悪影響などについても本書ではきちんと指摘されている。

本書で解説された諸問題について理解することが、放射線による被曝を議論する上での基本的な要件であるといえるだろう。

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