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zoom RSS 「プルトニウムの恐怖」高木仁三郎

<<   作成日時 : 2011/11/18 22:44   >>

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本書は1981年に出版されているが、これは1979年のスリーマイル島事故、1986年のチェルノブイリ事故の間の時期に相当する。原子力技術についても説明のある本書であるが、現在読んでもそれほど大きな違和感は感じられない。むしろこれだけ丁寧にかつ冷静に原子力の問題点が述べられた新書が発刊されている日本において、福島の事故が起こってしまったことはきわめて残念なことと言わざるを得ない。東京電力や経産省をはじめとする官僚達や政治家の中には、本書を読んだ方もいくらかはいるだろうが、それが原子力政策を転換する方向に結びつかなかったことは大変不幸なことである。

本書はそのタイトルで、読者を獲得し損ねているように思われる。「プルトニウム」は本書のキーワードであり、最終的には「プルトニウム経済」「プルトニウム社会」を私たちが受け入れるかどうかを問うているのであるが、「プルトニウム」という語句のせいで専門的な色彩の強い解説と考えてしまう人も多いように思う。本書は確かに出版時期こそ古いが、現在でも十分通用する内容を有しており、原子力発電のしくみや問題点を知る上で過不足のない情報を提供してくれる。

アメリカにおける原爆の開発が、強力な兵器を短期間に開発することを主眼にしてそれ以外の要素を捨象したために、原子力技術というのは基本的に拙速な枠組みの中進められてきたという指摘は重要である。廃棄物の最終処理方法については未定であることや、廃炉の手順や原子炉の解体が定まっていない点、一旦事故が起これば広範囲の汚染が生じることが確定しているにも関わらず具体的な被曝対策は練られていないことなど、これらはいずれも原子力発電というテクノロジーの異常性を表しているが、これは兵器開発を念頭におくと容易に理解できる。母国が攻撃され、占領されるかもしれないという状況で(アメリカは決してそういう状況ではなかったのであるが)、核兵器使用後の敵地の環境について配慮することはあり得ない。高速増殖炉の開発も、そのなりふり構わぬ開発ぶりは兵器のそれを想起させる。

しばらく前から「科学」というアプローチ(ツール)の優れた点を理解できず、理解できなかったことをもってむしろ敵視するかのような態度をもっている政策決定者を批判してきたが、今なお原子力発電に対してポジティブな反応を示している人たちが存在することには驚きを禁じ得ない。20-21世紀のごく短い期間に、スリーマイル島、チェルノブイリ、福島と世界規模の事故が発生し、それ以外にも原水爆実験により長寿命の放射性物質が世界中に拡散している。これらは事故の間隔と比べて遙かに長い期間環境に影響を及ぼすポテンシャルをもち、その効果は累積する。いつから遺伝的毒性が表立って表れてくるかは予測が困難であるが、現在のようなペースで事故が続いていけば、いずれは世界的に食品の規制値を緩和し、放射性物質との共存を選択せざるをえなくなるだろう。中国や東欧、ロシアなど次の大規模事故の候補となる原発を抱える国は多い。結論ありきの役人算術で事故発生の可能性(確率)が算出されているが、現に世界ではそれを遙かに上回るペースで事故が起きており、巨大技術である原子力発電において事故の確率がゼロパーセントになることはありえない。一般に事故率と被害レベルをかけ算することによりリスクの大きさが見積もられるが、原発事故のように被害レベルが甚大な場合は、いくら確率が小さかろうと(実際は十分高そうであるが)、許容できるものではない。電力供給を安定化させて経済規模を拡大するという話が出てくるが、自分の2,3世代後に人類が危機に陥っても良いというのだろうか。放射性物質による汚染のリスク計算は、科学者にとっては比較的簡単なものだと思われるが、今なおストレステストなどという机上の空論で再稼働を求める動きがあるのは、全く持って理解不能である。

本書はタイトルから感じられるような科学的、技術的な内容の本ではない。確かにそうした説明も出てくるが、より包括的に原子力という技術と人類はどのような関係が結べるのか(あるいは結んではいけないのか)ということが分かりやすく述べられている。

本書の締めくくりの言葉を引用する。

いま求められているのは、明日の食卓に一切れでも多くのパンを確保しようとする努力ではなく、子や孫たちの食卓をとりまく環境に想いをはせる気持ちではないだろうか。

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「福島の原発事故をめぐって―いくつか学び考えたこと」山本義隆
著者は科学史においていくつか重厚な作品を著しており、日本人と科学の関係を考える上で興味を持っているが、なかなか手を付けることができないでいる。一方で、著者は東大全共闘議長としてもよく知られているが、全共闘という運動そのものが私の世代にとっては理解が困難であり、著者本人に関しても全共闘に関わる情報発信は直後のもののみで、科学史家としての活動を開始してからはないようである。私たちの年代ではむしろ時代がかったルックスの駿台予備校の講師というイメージが強い。人文系の教養もある科学者が原発事故につい... ...続きを見る
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2012/07/21 22:22

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