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zoom RSS 「宗教を生みだす本能―進化論からみたヒトと信仰」ニコラス・ウェイド

<<   作成日時 : 2011/10/10 22:29   >>

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著者は、Nature、Scienceの科学記者を経て、「ニューヨークタイムズ」紙の編集委員となり、現在は同紙の人気科学欄に寄稿しているという経歴を持っている。私は未読であるが、「背信の科学者たち」や「心や意識は脳のどこにあるのか」といった著書がほかに知られている。欧米におけるポピュラーサイエンスの一線の書き手の一人と考えて良いと思われるが、「宗教」に関する欧米知識人の認識傾向や思考の限界をリアルな形で提示している点で、大変興味深かった。タイトルや章立ては「進化論」をはじめとする科学的アプローチとの関連性を匂わせているが、これらは目くらましで、真のメッセージは最終章から容易に読み取ることができるように、宗教に対する擁護と、それが今後将来にわたっても人間社会の維持に必要であることを主張することである。私自身もギミックに引っかかってつい購入してしまったが、本書の主たるメッセージが分かっていればおそらく手に取ることはなかっただろう。自然科学者、特に進化論に関心のある読者にとっては最後まで読み進むのが大変だろう。ピンカー、ドーキンス、グールド、デネットといったキーワードからたどり着いたのであれば、却下する方が良いだろう。一方、宗教をテーマとした文化人類学や聖書研究について私は見識に乏しいが、そちら側から見ても相当物足りない内容と言えるのではないだろうか。中途半端な内容のように見えるが、一方でそれは宗教について真剣に考察したことのない一般的な読者にとっては適当なレベルとして歓迎されるものなのかもしれない。個人的には失敗であるが、そのおかげで分かったこともあった。

もしかするとこの本は典型的な人文科学の本かもと気づかされるのは、第三章くらいからであるが、ここでは遺伝的要因と宗教(行為)の関係という重要な課題について、ピンカーやドーキンスが引き合いに出される。この箇所の議論は大変粗雑で、ピンカーやドーキンスについて知らないわけではないということを著者がアピールする以上の意味は見いだせない。自然科学的なアプローチにより次第に明らかにされてきたことは、人間の外界の認識や因果関係に対する判断には極めて深刻なバイアスが存在していることである。物理的な法則として明らかにされてきた「現実」と比較すると、人間の認識はより近視眼的であり、かつ因果関係に対する解釈には時折誤りがみられる。因果関係と相関関係を区別する能力が低いことは問題であるが、それは過去のヒトの歴史の中ではヒトの生存に有利に働いていたかもしれない。宗教は、ヒトの外界に対する認識や解釈が生得的に歪んでいることを反映する一つの証拠であり、遺伝的に規定された応答がベースとなっているという考え方に対して、著者は深く考察することをしない。著者の考え方は、宗教は集団の結束を維持するという側面をもってヒトのサバイバルにとって有利に作用してきたことから、遺伝的な背景を持つはずだ(自然淘汰とその集団がもつ宗教には関連があるはずという意味かもしれない)というものであるが、また一方ではそうした宗教はヒトにとって生存に有利に働くように「変化」してきたという説明も述べられる。例えば、人口増と生産性のアンバランスが問題となってきたときに産児制限を設けるような変化を宗教に与えたのは誰なのか(司教、神?)を著者は明瞭に議論しない。

数々の社会で、宗教による過酷な規律を性行動にまで及ぼす選択がなされたが、それはおそらく人口をコントロールするためだった。


このような記述がいくつか繰り返されるが、これは誰がコントロールしたのか。もし、集団の維持に最適な戦略が宗教によって選択されるならば、その主体は集団を取り巻く環境について十分な知識と経験をもった人間だろう。一方で生殖という生物の第一義の否定を個人に強制することができる宗教という存在は何か。宗教という手強いツールを使いこなした集団が生き残ったということを著者は指摘しているのだろうか。ヒトの生存に有利となる性質を宗教がもっていることと、遺伝における自然淘汰の問題とが著者の中では混乱しているように思われる(あるいは読者をそのように誘導しているのかもしれない)。

ドーキンスは、遺伝的なある種の方向付けが副産物的に宗教を生み出し、時にはこれがヒトの生存を脅かすことすらあるという事例をあげ、ビルトインされた遺伝的性向が宗教という形式をもってヒトのコントロールを超えた働きをすることがある(よってそれは時には破滅的な結果を招く)ということを述べているのに対して、著者の宗教に対する考え方はナイーブである。シェーカー教のように信仰者集団が生物的に維持されないような規則をもつ(独身主義)宗教が生まれるのは何故か、また、著者はアステカの信仰を異様なものとして特別に取り上げているが、そうした明らかに集団の維持にマイナスに働く宗教上の規則が、集団を滅亡させるところまで堅持されるのは何故か、といった観点の議論はない。著者にとっては、アステカをはじめとする異形の宗教は、本質的には宗教と呼べるものではなく、未開人の行う文化人類学の材料的な何か、なのかもしれない。宗教による殺人や、戦争、理不尽な所行、愚行については、未開の宗教をあげて論じる必要はなく、著者が詳しいキリスト教の歴史こそが十分な素材を提供している。それにも関わらず、話題としてキリスト教や他の三大宗教と、未開人の宗教の登場する文脈が注意深く分けられていることには作為があることは間違いないだろう。「白人の重荷」に通じる傲慢な姿勢が見え隠れするところでもある。「正しい戦争」は存在する、という注意すべき主張も本書には含まれている。

本書において重要な要素の一つは「神」のない社会に倫理はあるのかという、従来から繰り返されてきた疑問である。日本においてこの疑問が何を意味するのか実感できる人は殆どいないだろう。「お天道様に顔向けできない」という表現はあるが、「神」がいようがいまいが、倫理の枠組みが脅かされることはない。「日本教」といって安心したがる欧米人が多いことも事実であるが、そこに中心となるべき「神」は不在である。著者にとっては「神」の不在は、倫理を保証する存在の不在である。ヒトにおける「宗教」が遺伝的にどのように規定されているのか、倫理は宗教からしか生まれないのかという問題を考える上では、日本や中国といった事例は貴重な比較対象であるが、著者は自分には想像もつかないという感想を述べるのみである。

後半に向かって著者の意図が次第に明瞭になるが、それは、科学ともある程度折り合いをつけて、聖書研究から批判されるようなテキスト原理主義でない、集団の結束を固める新たなキリスト教の再生を目指すことのようである。本書の締めの言葉を引用しよう。

宗教は、第二の転換期を迎えるべきなのかもしれない。(中略)そうして新たなかたちをとれば、道徳であれ、防衛であれ、共通の目的のもとに人々を結束させる従来の力を保ちつづけるだろう。宗教はあらゆる人の気持ちを動かし、精神を高揚させ、自己を超越させる。また、人々の感情、理性、互いにつながっていたいという欲求、合理的な研究で判明した人間に対する知識―それらすべてに忠実でいる方法を見出すことだろう。


著者は宗教のポジティブな側面を強調し、今後も宗教なくして人々は生存していくことはできないと主張する。本当にそうだろうか。ヨーロッパでの宗教の位置の低下や、日本や中国といった国における宗教のありかたを考慮するとき、アメリカにおける宗教のありかたは「人々を結束させる」健全なものなのだろうか。

合理的思考や社会の安定は、人々の宗教行動を減らすかもしれない。戦争や不安は、教会へ足を運ぶ信者を増やすかもしれない。いずれにせよ、宗教は人々が団結して敵から身を守るのに欠かせない手段でありつづける。

第11章の末尾はアメリカの知識人の暗い部分を凝縮したような文章で締めくくられる。合理的思考をもとに宗教から自由になることこそが、社会の安定につながると考える私にとっては、欧米知識人の恐ろしさを垣間見る思いである。最終章の末尾は、遺伝学に関してはおおよそ「トンデモ理論」と呼んで差し支えないアクロバティックな議論が展開される。キリスト教を存続させることにここまでの熱意が発露されるのは間違いなく信仰の力であり、世界はこうした人たちの力が弱まるまでは依然として不安定であり続けるのではないだろうか。

DNAの発見でノーベル賞を受賞したワトソンが本書を強く推薦していることに驚きを感じたが、よく考えればワトソン自身は2007年に知能に関して人種差別的な発言をしたことによりコールドスプリングハーバーを免職されている。ワトソンにとっても本書の提言は耳に心地よいものだったのかもしれない。

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「背信の科学者たち」ウィリアム・ブロード、ニコラス・ウェイド
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