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zoom RSS 「会議の政治学」森田朗

<<   作成日時 : 2011/06/12 10:28   >>

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国家や自治体のレベルで政治的な意志決定を行うために、有識者を集めて、ある課題について審議会が開催されるということは次第に一般にも知られるようになってきた。官僚が議会に対して説明責任を果たすことが当初の設置の目的であるため、議事録が広く公開されることはなく、そういう審議会が開催され、行政側の提案が妥当なものであることが有識者によって確認されたという合意事実が重視される。委員の名前は公開されるが、種々の理由で誰が何を述べたかは分からないように公開されるケースすらある。審議会という制度に種々の問題点があることは、最近になって様々な事例から知られるようになってきた。猪瀬直樹の「道路の権力」によって暴露された部分を読むだけでも、道路公団民営化委員会の迷走、紛糾ぶりを理解することができるが、審議会に様々な思惑が絡んでガチンコに近い状態になるときに最も審議会の本質があらわになる。一方で、官僚の敷いたレールの上を平穏無事に進めることのみが目的の審議会も多く(マジョリティはこちらだろう)、読んでいるだけでも居眠りをしそうになる議事録ができあがる。税金で茶飲み話をしに行くようなムードである。

本書は長年種々の審議会の委員や座長を務めた著者による「審議会入門」である。事務局を構成する官僚の意向や、所謂御用学者と呼んで差し支えないような学者たち、行政にアリバイをまんまと与える反対派団体の参加など、審議会を巡る様々な要素が描かれている。本書は「審議会」に参加する予定の有識者候補の参考に書かれたような形式が取られているが、婉曲的に審議会とは何かということが比較的淡々と描かれている。著者は審議会制度の問題点やマイナスを認めているが、一方で審議会に代わる仕組みも難しいのではないかという立場である。適切な運営を行えば悪い制度ではないという考えである。

経済成長の中、行政が潤沢な予算をもち、しかもそれは年々どんどん増えるという背景があれば、多少の意見の衝突があっても、それは両方の言い分が立つように事業を拡大すれば良い。一方で、近年は限られたパイが、さらに縮小する中で意志決定を行わなければいけない。道路公団民営化委員会のような出来事は今後も増え続けるだろう。衝突する審議会の中でベストを尽くすためには、本書で描かれている初歩的な手練手管くらいは把握できていなければ、事務局や海千山千の委員に手玉に取られてしまうだろう。一方で、多勢に無勢でどうしようもない立場に立たされることもありうるだろう。審議会に参加することのない一般の立場に立って考えると、やはり議事録のチェックは今後ますます重要な作業になってくると思われる。アマチュア的な政治への関わり方として、こうした審議会の議事録、発言者のもつ背景の紹介といったことを発信していくことは大事だろう。面倒な作業ではあるが、自分の関心のある分野で何がどのように誰によって議論されているのかを知ることは大事であり、この過程の検証ができない限り、何度でも同じ間違いが繰り返されるだろう。今回、大きな事故となった原子力発電についても、多数の検証すべき議事録があると思われるが、これを政府や公的機関が行うことは期待できないだろう。くだらない哲学的議論に明け暮れて恣意的に原発の是非を議論する暇があれば、どういう過程で意志決定が行われ、合意が形成されたかを検証する作業をした方が、よほど意味があるように思う。チョムスキーの連邦政府批判も基本は全て公開資料の検証作業である。

現在の政権は議事録を残さないという方針であり、これは改められそうにないのであるが(先進国の政府として恥ずかしいという認識があるのかどうかさえ不明である)、それに付随して様々な審議会議事録が影響を受けているようである。議事録がないということは誰も責任をもった発言をする気がないということで、無責任の極みである。

理想論ではあるが、審議会の議事録が検証、批判されることが日常的になってくることにより、著者が述べるような審議会の有効性が生まれてくると思われる。自然科学者が読めばあまりの論理性のなさに気が遠くなるのではないかという議事録はたくさんある。有識者とされる人の社会的立場への配慮や、文系的な議論のための議論、高齢者の適度な認知障害がないまぜになった議論を読むと、いったいこの審議会は何を評価しているのか、何のために開催されているのかということに疑問を感じざるを得ない。官僚は、事務局という匿名でありながら最も力をもったプレイヤーとして審議会に参加している。課題に対する準備も万端である。新日本プロレスで喩えると社長である猪木がIWGP選手権で優勝するようなことが、興行ではない政治の世界で続けられてきたわけである。官僚が準備する資料を分析し、官僚の意志を体現する発言者の発言内容を検証することにより、行政の意志決定における「アングル」を探ることがこれからはますます重要になってくるだろう。

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「科学技術イノベーション政策のための科学」は何を目指しているのか
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2011/07/09 20:29

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