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zoom RSS 「伊藤博文―知の政治家」瀧井一博

<<   作成日時 : 2011/04/05 23:08   >>

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私の世代では、お札と言えば伊藤博文か聖徳太子の肖像であり、最近のものは期間が短いこともあり馴染みが薄い。一方で、学校で近現代史をまともに習うことはなかったために、所謂明治の元勲と呼ばれる人たちに関する知識については甚だ乏しい。近代日本のデザインを誰がどのようにして決定したかは大変興味深い問題であり、伊藤博文こそは最重要人物の一人であるのは間違いない。ところが、本書でも何度か触れられるようにその実像や思想家としての側面については一般によく知られているとはとても言えない状況である。維新と言えば司馬遼太郎に代表される歴史物語の世界がなんと言っても人気が高く、ハードな学問としての近代史については専門書をひもとかなければ、近づくことは難しい。本書は、新書の形式で執筆されてはいるものの、引用文献や注釈がしっかりとついた専門的な論文でもある。著者は副題にもあるように「知の政治家」としての伊藤博文を描いており、個人的にはたくさんの収穫があった。

国民への教育、ボトムアップ的な文明化、科学的アプローチの重視こそが国力を高める方策であることや、専門的な知識をもった層を充実させ、政治参加させることの重要性といった点を伊藤博文が指向していたという本書の指摘は、近代日本の強みは何かということを理解する上で大変参考になった。国際的に見て、高等教育を受けていない一般層の知的水準の高さは今なお日本において際だっている。これは寺子屋など江戸期から面々と続く伝統のようなものと認識していたが、明治期における伊藤博文のような政治家が強化、発展させた側面は見逃せない。徒に政治的、政論的で実学精神のない私学に対する伊藤博文の危惧は、長い期間をおいて現実のものとなっているようにも思われる。また、定見がないと批判されることすらある、伊藤博文の漸進性こそは大きな改革を進める一つの巨大な原動力であったのではないだろうか。敵対者を次々と内に取り込み、大きな目標を達成していく姿には、真の政治家としての実力が感じられる。本書では伊藤博文と軍令との関係も詳しく述べられるが、今で言うシビリアンコントロールに近い構想を伊藤博文が持っていたと思われる点も驚きであった。本書をきっかけとして、もう少し伊藤博文の思想家としての側面についても知りたいという関心が生まれた。

豆知識的なものではあるが、明治の元勲の中で唯一伊藤博文のみが、実働テロリストとしての経歴をもっていることも初めて知った。平たく言えば人殺し(しかも結果的には間違った理由で殺害している)であり、一方で自身も韓国で暗殺されてしまう。歴史のダイナミズムといえばそれまでであるが、混乱期において人は何を目指して生きるべきなのか、考えさせられる。本書が高く評価されている理由の一つは、現行の民主党政権の定見のなさや迷走振りに対して、伊藤博文という政治的、思想的な一つの軸を提示している点にもあるだろう。

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