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zoom RSS 「偶然とは何か‐その積極的意味」竹内啓

<<   作成日時 : 2010/12/10 21:02   >>

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著者は東京大学の経済学部出身の大学教授である。偶然について、数学的な確率論の話に始まり、大数の法則と中心極限定理について述べた後に、生物の進化における偶然の役割にふれ、「運・不運」の問題、歴史の中の偶然という流れで議論が進む。第5章以降は著者の社会へのメッセージであり、本書の中で大事な部分ではあるが、必ずしもそれまでの議論を滑らかに受けたものとはなっていない。人間の管理の及ばない領域である偶然についての言及は重要なものであるが、その裏には「神」が見え隠れするところがあり、悪しき宗教的なものに容易に悪用されてしまいかねない議論も少し見られる。確率論的な理解の仕方が、世界の完全な把握とはならないことは厳然たる事実かもしれないが、それが即ち「科学」の限界ということにはならないだろう。

客観確率と主観確率の相違は、本書の議論の中で大変重要な点であるが、あまり分かりやすい説明ではないように思う。何度かその違いの説明が行われるが、喩えを含め、すんなりと理解することができなかった。主観確率論の議論の中で、限界効用の話題が出てくるが、以前「行動経済学」で感じた疑問がそのまま出てきたことには驚いた。やはりアンケートで「自分はこう思う」と推測することと、実際の行動は違うことも多いだろうし、そもそもアンケートのような脆弱な根拠で議論を組み立てるのは問題だという印象がより強まった。最終章ではリスクヘッジの問題でヘッジファンドの存在が俎上にあげられるが、経済学者である著者にはもっとしっかりその悪を指摘して欲しかった。個人的には、金融工学は社会認識のナイーブさのために失敗したのではなく、あらかじめ資産家が広く薄く社会から搾取するためのツールの一つではないかと疑っている。

偶然から人間の生き方にまで議論は及ぶが、哲学的な議論や、今ではあまり真面目に議論されることの少ない「資本論」における社会の進化の議論が含まれるため、理系の読者には些か読みにくい。同じ話題であればムロディナウの「たまたま」の方が洗練されており、同じ人間の生き方を議論する上でもより深い内容を分かりやすく理解してもらうための工夫があるように思う。しかしながら、本書のテーマは、数学だけの問題ではなく、ますます格差の広がる現代社会においては誰もが認識し、自分なりのスタンスで対処するべき課題である。

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