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zoom RSS 「財務官僚の出世と人事」岸宣仁

<<   作成日時 : 2010/09/25 14:33   >>

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読売新聞の記者として大蔵省の記者クラブである「財政研究会」を長く担当した著者の取材メモをもとにした本書は、財務官僚のある一面を分かりやすく描いているようである。記者クラブという特殊な組織を介した取材であり、近年その悪弊が問題とされる側面については殆どふれられることはないが、いわゆる夜討ち朝駆けと言われる一般の人間からすれば非常識な取材の様子は伺える。ただでさえ激務の上、少しでも情報を得ようとする不勉強な記者たちの相手をいちいちしなければならないというのは、中央官僚というのは何と大変な仕事かと思う。記者たちが取材対象の官僚に食い込む糸口が人事の話というのも、なるほどと思わされる。結局、仕事が専門化し、分業化すればするほど、共通の話題というのは減少し、本当に自分の抱える問題を理解してもらおうとすると相当な努力が必要になる。それと比べれば人事の話は簡単である。どこの業界でも大人が集まれば人事の話になるのは、それくらいしか準備なしに適当に語り合える話題がないからであろう。

中央官僚にとっては入省年次が重要で、次官のポスト争いこそがモチベーションとはよく指摘されるが、こうした先入観を裏切るどころか、強化するような話ばかりである。もう少し意外な一面が描かれているかと思いきや、ステレオタイプな財務官僚像を修正してくれるような記事は殆どなかった。強力な東大法学部閥の中で、単に成績優秀では評価としては物足りないために、「ワル」が好まれるというのも大変幼稚な話であるが、この「ワル」といってもおおよそ世間が考えるようなものよりは遙かに小物な感じで、商社の部長に時々見られるような得体の知れない器の大きな人物というのはどうも登場しない。大蔵省の接待問題ではノーパンしゃぶしゃぶ事件が有名であるが、清濁併せのむという言葉を勘違いしているような馬鹿げたエピソードがいくつか取り上げられている(大物次官の体調不良を「人」を食いすぎたから食あたりになったなどという説明を同僚が気の利いた話として紹介するなどというのは、ちょっと信じられない幼稚さである)。成績優秀な官僚の描く「ワル」とはどんなものかというのが分かるという意味では興味深い。閉鎖された社会で、おかしな「ワル」ぶりが周囲にも「ワル」として評価される様子はどこか滑稽である。

また彼らのモチベーションが仕事の中身ではなく、「位」であるというところも興味深い。学生時代から序列社会にいる官僚たちの多くは、いつまでも序列の呪縛から逃れられないようである。社会では一列の序列のみでできているような仕組みは稀であり、やくざ組織に財務官僚が喩えられるのも宜なるかなという気がする。東大法学部を改革するか、採用を多様化するかしか方策はないが、混沌とした現代社会の一方の舵取りがこれほどモノカルチャーな人たちであることには危機感を覚える。近年の東大生の成績優秀者が(今はまた元に戻ったようであるが)、一時期金融関係に雪崩を打ったように就職したというエピソードは、法学部における教育が失敗している、あるいは折角の教養教育重視が全く効果を上げていないことの表れのように思える。話題となった事業仕分けの内幕にも見られるように、まだまだ財務官僚が考える「国家像」が幅を利かせている。人が生きることや社会とはどうあるべきかという問題を、歴史をふまえ広い視野から真摯に考える人材がもっと必要とされている。

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