読書の記録

アクセスカウンタ

zoom RSS 「希望難民ご一行様‐ピースボートと「承認の共同体」幻想」古市憲寿、本田由紀(解説と反論)

<<   作成日時 : 2010/09/15 01:33   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

「「あきらめろって言うな!」40代・東大教授」「「若者をあきらめさせろ!」20代・東大院生」というキャプションのもと、著者と解説者が背中合わせになった写真はなかなか効果的で、つい手にとってしまった。本書は著者の修士論文をもとに、新書向きにエンターテイメント性を加えて書き直されたものである。著者は現在東京大学総合文化研究科の博士課程に在籍しているが、一方で有限会社ゼント執行役という肩書きも紹介されている。ゼントの方は何のためのwebサイトなのかちょっと判然としない、ちょっと人を喰ったような内容で、ネット関連のサービスを提供する会社なのかなという程度の情報しか得られなかった。すかした印象は本書にも随所に伺えるのであるが、こうした本を出版してしまう(修士論文をリライトしてしまう)というのは本人にも説明不能なエネルギーがあふれているのだろう。読む方はそのスタンスを試されるというか、著者の自意識にあてられるような感覚を覚える。40代という解説者の要約や評価を読んでほっとするのは、自分も既に若くなく、本書でも軽く揶揄されている解説者の側にどちらかといえば近いということを反映しているのだろう。

本書は、最近社民党を離党した辻元清美が大学生の頃に設立したピースボートの世界一周旅行の体験記である。しかしながら、最終的には修士論文となっているように、単なる体験だけではなく、著者はアンケートやフィールドノートの記載を通じて参加者(多くは20代の若者)についての解析を行っている。どこまでが本当の述懐なのか判然としないが、著者自身は単なる観察者ではなく、クルーズを楽しんだことやピースボートに対する自身の感傷も紹介している。本書を少し読めば分かるが、くだけた内容の文体とは対照的に、著者の見立ては的確であり、ちょっと身も蓋もないような評価がピースボートに対して与えられている。分かりやすい文章表現が選択されているために、評価の多くは直接的で、誤解の余地はあまりない。本書を読んで最も不思議に感じた点は、そうした高い知性をもつ著者が何故ピースボートに関心をもったのだろうという点である。この研究の目的は何なのだろうか。著者はこの調査から何を得たのか。これまではピースボートはあまり研究対象にはなっていなかったようなので、新規の研究対象として手頃なテーマだったというのは真実なのだろうか。

本書から伺えるピースボート参加者の知性は、著者と比較すれば相当低い。憲法9条、世界平和はピースボートにおける重要なテーマの一つであるが、参加者の憲法9条の穴埋め問題の正解率は絶望的に低い。中身も理念も背景も理解できない状態で、「9条ダンス」に熱中し、「9条ダンスがいいことかどうかわからずに踊ってきた。でもやってるうちに色んな人の意見を聞いて、何となしに自分が見えてきた。関心をもつことに意味があるって。」とかいう馬鹿丸出しのコメントを述べる若者に対して、「目的性」はないが「共同性」はあるコミュニティがあるからいいじゃないかという意見にはどうも賛成できない。こうした浅い考えしかもてない若者たちにとって、クルーズがイニシエーションにすらならないことはむしろ当然で、何をやらせてもそのときはムードとしては盛り上がるだろうが、実効性のあるアクションの継続は彼らには到底無理だろう。

社会全体で見ても、運動体規模で見ても、共同体をただの「居場所」だと考えず「目的性」の達成のためなら冷徹になれ、だけど対外的にはお茶目な「エリート」が、社会を変えていくしかないと思う。


これは本書の最後の部分で述べられている著者の意見であるが、ここでは言うまでもなく著者は「お茶目な「エリート」」であり、自分のような人間が社会を変えていくしかないんだ、というちょっと悲愴な宣言のように感じられる。しかし、馬鹿を放っておいていいのだろうか。個人的には、教育こそが現代社会の様々なコストを低下させるアプローチであり、マジョリティの能力を低下させるに任せることは大変危険な方針ではないかと思う。アメリカでは実際にそうした試みがなされているように見えるが、たくさんの馬鹿はエリートの意のままになるかもしれないが、一方でその維持には大変なコストがかかっており、社会は不安定である。マジョリティの教育程度の高い社会というのは、コンパクトで無駄がなく、好ましいのではないだろうか。

解説者は最後に反論を述べているのだが、残念なことに著者に対して相当妥協している。この年齢の大学院生がこうした水準の研究が出来ることは、指導者の一人である解説者にとっては大変喜ばしいことと思われるが、もう少し厳密な反論をしても良いのではないかと思う。著者の姿勢は、馬鹿を大勢見たときの優れた人間の反応としては結構ステレオタイプなものなのではないかと思う。これを洗練とか斜め方向に褒めるのではなく、同じようなことは昔から述べられているとして再考を促すのが指導者の務めではないかと思った。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
「教室内(スクール)カースト」鈴木翔
学校の様子は子どもたちから伝え聞く程度であり、都市と地方ではある程度構図も異なることが予想されるが、最近の学校はどうなっているのだろうという関心で手に取ってみた。古市憲寿さんの著作のように本田由紀さんの解説付きである。大学院生としての研究が母体となった新書であるが、学術的にシャープな記述は抑えられている。アンケートやその統計学的な処理、そしてそれらに対する解釈といった手続きについては大幅に割愛されており、読者は筆者のコメントを何となく信じながら読み進めるしかないところに些かもどかしい印象を... ...続きを見る
読書の記録
2013/07/21 11:01

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「希望難民ご一行様‐ピースボートと「承認の共同体」幻想」古市憲寿、本田由紀(解説と反論) 読書の記録/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる