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zoom RSS 「心理療法序説(心理療法コレクションW)」河合隼雄

<<   作成日時 : 2010/06/02 00:29   >>

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心理療法家を目指しているわけでもないのに順にこのシリーズを読んでいる理由の一つに、著者が京都大学理学部を卒業し、高校の数学教育に携わった後に、心理療法家への道を歩んでいるという背景に私が大きな関心をもっていることがあげられる。心理療法は科学ではないが、科学の方法論から完全に離れたところに良い理論は打ち立てられないという著者の考え方は、非常に柔軟かつ論理的な(筋の通った)著者の姿勢の根底にあるものだと思う。カウンセリングを志す人で、数学を事実上パスしてしまったような人には河合隼雄の主張は半分くらいしか伝わらないのではないだろうか。私が理解しているという意味ではなく、科学という方法論との即かず離れずの関係こそが、心理療法というものに深みを与えているのではないだろうか。著者が日本人であることはもちろん重要な要素であるが、ユング派の心理療法家としての歩みの中で、東洋思想に深く傾倒したユングをそのまま受容するのではなく、西洋における壮年の男性を理想とする思想との対比の中でしっかりと位置づけていく作業は、「科学的」であり、著者の仕事の中で「科学」という軸は非常に重要な役割を果たしているように思われる。本書にも「第三章 心理療法の科学性」という項目で詳述されている。

私は中村桂子さんの「生命誌」というコンセプトがどうにも理解できず(何を目指す活動であるのかという究極の問いについてはいつもはぐらかされているような印象を受けている)、生命科学にはまだまだいろいろやるべき事が残されているのに、何を「物語る」というのだろう、物語ることにどんな意味があるのか、という印象を持っていたのであるが、本書で著者は「新しい科学」としての可能性を「生命誌」に見いだしている。自然について得た知識を物語ることにより、人間のもつ生命をもう一度見いだそうという試みといえるだろうか。もしそうであれば、確かに先端の科学に裏打ちされた「生命誌」は、今西理論のような疑似科学を超えて、説得力のある哲学に変貌する可能性があるだろう。

少し脱線するが、ここで著者によって引用される「自然は分析的に見ても決してその本質を見せてくれるものではなく、そこにある物語を読みとらねばならないのだ、という認識・・・」という中村さんの文章には抵抗がある。自然の「本質」というものがあり、それが人間にとって理解できるものであるという前提がまずもって疑わしい。また、そこにある物語を読み取らねばならないと主張される理由は何なのかが、ここでも明示されない。「物語」を読み取らねばならないのは、人間が生きていく上で必要だからではないだろうか。分析的に自然を捉え、正確な将来の予測をするだけでは飽き足らなくなった人間は、自然に対して自分が生きる根拠までを求めているということではないのだろうか。その答えは確かに「生命誌」にも見つけることが出来るかも知れない。個人的には、自然の大きなゆらぎの中に人間の生きる本質的な理由などありはしないと思うが、それは人が大事な人を亡くしたときに「科学的な」説明では納得できず、物語が必要であることと、同じ事なのだろう。

本書は著者が体系的な考察を心がけているため、心理療法にまつわるトピックスはほぼ網羅されているように思う。いずれのトピックスも重要な内容を含んでおり、それぞれが大きな研究領域となるべき項目である。また、本書は、後進の心理療法家に向けたメッセージでもあり、他の著書とは異なる厳しい表現や、率直な物言いがしばしば見られる点でも重要な内容を含んでいる。そうしたさじ加減の中にも「科学」という軸が見え隠れしており、面談中のそのときそのときの咄嗟の判断の中には、相当公式を当てはめるような対応も含まれているように思われる。もちろん、「公式化」することの危険性は強調されるが、「科学的」な観察から引き出された蓋然性の高い現象というのは相当程度あるのではないだろうか。

一見、心理療法家のための手引きのように見えるが、その実は心理療法を幅広く俯瞰した哲学が語られている。


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「ユング心理学と仏教(心理療法コレクションX)」河合隼雄
本書には、国際的に活躍するユング派の心理学者を招いて行われるフェイ・レクチャーで行われた講演が収められている。著者が本書でも述べているように、英語への翻訳を意識して書かれた文章は、国内で著された著作とは少し異なるリズムがある。また、聴衆が日本人ではなく、アメリカ人であるという点も十分意識されていることが伺える。著者を招いたローゼン博士の緒言が付されているが、そこにはこの講演を理解するために払われた努力が伺えるが、一方でローゼン博士にとって率直に理解が困難な部分もあることが仄めかされている。... ...続きを見る
読書の記録
2010/07/04 00:12
「心理療法入門(心理療法コレクションY)」河合隼雄
本書は、「講座 心理療法」八巻のそれぞれの冒頭におかれた著者による概要をまとめて一冊としており、その際に加筆修正が行われている。最後には「こもりと夢」というタイトルの講演内容が収められている。シリーズ各巻の巻頭言なので、執筆者の原稿の紹介を交えながらアウトラインが要約されているという内容を予想して読んだが、それは最初の方だけで、中盤以降は案に相違して濃い内容であり、今回のコレクションの中では最も読むのに時間がかかった。「心理療法入門」というタイトルが付けられていることにも納得がいく内容であ... ...続きを見る
読書の記録
2011/04/25 22:52

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