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zoom RSS 「科学力のためにできること‐科学教育の危機を救ったレーダーマン」(訳)渡辺政隆

<<   作成日時 : 2010/02/20 01:30   >>

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本書は1988年にノーベル賞を受賞し、ファインマンにも比されることもあるレオン・レーダーマンの80歳を記念して出版されたアンソロジーである。レーダーマンの業績というのは本書を読むまではよく知らなかったのであるが、アメリカにおける科学リテラシーの向上のために実に精力的に活動している。ノーベル賞受賞という価値を最大限利用しながら、高等教育を支える基礎をどのようにして育むのか(それは結局は国民の科学リテラシーの向上という目標に結びつくのであるが)について真摯な考察と活動を続けてきたのがレーダーマンの重要な業績と言えるだろう。

冒頭の「科学リテラシーの普及を阻むもの」というレーダーマンの寄稿を読めば、この課題はまさに現在の日本でも全く同様であることがよく理解できる。大学と、高校、中学、そして小学校における科学のカリキュラムの乖離、地域社会の力を初等教育において生かし切れていないこと、学校教育への無関心、女性は理数科目ができないという先入観、教育界における過剰な規則と杓子定規な運用によって起こる優秀な人材の枯渇、慢性的な理数科の教師の不足、いずれも日本でも全く同じである。レーダーマン自身、たくさんの成功したアプローチを重ねながらも、解決までの道のりの遠さについては、決して楽観していない。このアンソロジーの中でも、科学リテラシーの向上を図る寄稿者の間ですら危機感の相違やアプローチの違いがあり、実践活動の中でたくさんの優れたアプローチを生み出しながらも、科学リテラシーの全国民レベルでの向上というのはまだまだ道半ばであることが分かる。しかしながら、アメリカでどのような取り組みがどのような成果をあげたかを理解することには、日本における科学リテラシーを高める活動を行う上で、大きな意義があるように思う。

アメリカには全米科学振興協会(AAAS)という組織があり、国民全体の科学リテラシー向上を目標に「プロジェクト2061」という活動を始めている。この組織は日本における学会活動を束ねたようなものや学術会議のようなものではなく、それ自体が主体性をもった組織であり、政府の科学政策に対しても大きな影響力をもつ。有名な雑誌「Science」もAAASにより発行されている。プロジェクト2061では「Science for All American」という非科学者向けの冊子を発行して、科学リテラシーとしてどのようなことを人々が身につけるべきであるかを分かりやすく説明している。この冊子自体、大学生であれば容易に読める英語レベルであり、原文で読んでも良いのであるが、日本語訳も用意されている。本書とあわせて、科学に関心のあるものであれば、時間を割く値打ちはあるだろう。

先般の事業仕分け問題では、科学の価値をどう評価するかについて一旦様々な議論が生じたものの、のど元過ぎればで、再びそうした熱気は冷めつつある。また、こうした議論の中で、一般社会と科学のつながりという問題に対する科学者側の認識レベルの平均値の低さもまた露呈されてしまったことも、科学者側としてはマイナス材料である。書評からは離れてしまうが、本書の監訳者である渡辺さんという方は、ポピュラーサイエンスの翻訳者として有名であり、現在、文部科学省科学技術政策研究所という組織に在籍されている。本書でも専門は進化生物学、科学史、サイエンスコミュニケーション、サイエンスライターという肩書きが掲載されている。朝日新聞の書評委員をしばらくつとめていらっしゃったので、そこで名前を知った方も多いのではないかと思う。本書でも渡辺さんは「翻訳に当たって」という序文を寄せられている。

一般社会と科学者をつなぐ上で、科学者に対する説明責任ということが、近年盛んに要求されている。生命科学の多くのメジャーな学会でも、アウトリーチ活動には力点がおかれ、日本全国で将来の科学者を掘り起こすためのイベントが開催されている。意識の高い高校生や中学生にとっては非常に恵まれた状況であり、研究室に入るまでそこで何をやっているかは分からないなどという昔の状況とは比べるべくもない。研究室のホームページのグレードもここ数年で随分良くなったような印象がある。しかしながら、現役の一線で活躍する研究者に可能なアウトリーチ活動には限界がある。AAASのような組織は、先端の研究者がゆとりをもって本来の研究活動を推進していく上で必須である。ここで、本書の序文でも述べられている国内の状況を紹介したい。

日本版のAAASが設立されることが理想であるが、現在のところ該当する組織はない。Webで見る限りは研究者としての活動の傍ら、アウトリーチ活動やwebにおける議論を行っているという例が多く見られる。そうした問題に関心のある若手研究者の多くはAAAS的な存在を望んでいるように見受けられるが、学会の事務局ですら専任の職員を雇えず、研究者が兼ねているような状況であることからもわかるように、AAAS的な組織を作ることは至難の業である。Webを含み最も活発な活動をしている一人である榎木さんが病理医であるのは偶然ではなく、生活に困らない程度の収入が確保されていない一般の若手研究者がこうした活動に邁進することは、将来のことを考えればあまりに危険である。AAASを科学者のための組織、あるいは科学者の圧力団体というふうに捉えれば、日本ではこれは永遠にできそうにない。しかしながら、アメリカ本国でもそうであるように国民のための活動であるというコンセンサスがとれれば、科学者でない人たちのサポートを得ることが可能ではないだろうか。

こうした問題はタマゴが先かニワトリが先かというのと同じで、科学リテラシーを高める教育が不十分であるために、科学の思考ツールとしての意義が一般に理解されず、その結果、科学リテラシー教育が軽視されるという悪循環にある。これを断ち切るためには、思い切って人を含めて組織を無理矢理立ち上げるしかないが、どこからお金をひねり出すのかという問題が残る。事情に詳しくないので、もしかすると間違っているかもしれないのだが、渡辺さんの所属する文部科学省科学技術政策研究所というところは、そうした活動を行うための部署ではないのだろうか?まさか気の利いた海外のポピュラーサイエンスを翻訳するために雇用されているのではないだろう。

日本の科学リテラシー推進の組織としては、「科学技術の智」プロジェクトというものが一応存在していた(平成19年度終了)。しかしながら、これが全くもって知名度が低い。アメリカにおけるプロジェクト2061を強く意識していることは伺えるのであるが、専任の職員はおらず、参加者は殆どすべてがボランティアである。科学リテラシーの推進もなめられたものだというのが率直な印象である。訳者の渡辺さんはここでも広報部会長をお務めなのであるが、理系大学の教員の何%がこの運動を知っているのだろうか。

Science for All Americanの和訳についても何とも不透明な話がある。ここここの経緯を読むとおおよそ理解できるが、なかなか和訳が出版されないことに業を煮やした一部の有志が勝手に和訳活動を始めると、何故か2年以上滞っていた和訳が公開されるという怪しさである。たまたまという可能性もあるかもしれないが、文科省のやる気のなさが伺えるエピソードではある。科学技術政策研究所とか、教育政策研究所というところはいったい何をしているのだろう。文献調査と誰も読まない報告書をせっせと作っているのだろうか。アクションまで科学者がやるべきと言う考えでは、国家のための科学リテラシー涵養は永遠に絵に描いた餅ということになるだろう。

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