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zoom RSS 「自由と民主主義をもうやめる」佐伯啓思

<<   作成日時 : 2009/05/19 22:34   >>

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本書は産経新聞主催の正論大賞受賞を記念した講演会の記録をもとに執筆されたものであり、いわゆる論文形式のものよりは幾分読みやすく、著者の意図が分かりやすく述べられている。様々な用語にはその背景となる議論の歴史があるということは言うまでもないが、こうした講演録を読むと、平易な言葉では語ることができない人文科学とは何だろうと考えてしまう。著者の説く「保守」の概念は非常に分かりやすく、これが世の中で如何に誤用されているかがよく理解できる。アメリカが原理主義的な革新であるというのはまさにその通りであり、アメリカ国民の多くが伝統にあこがれ、歴史を尊ぶのとは対照的に、実際の国家運営はラジカルとしか言いようがない。ヨーロッパにおいて、多数の同胞の犠牲を出しながら得られた経験や知恵を、「古いヨーロッパ」という言葉でひとくくりにできる浅薄さこそがアメリカの本質といえる。長い歴史の末にたくさんの知恵や仕組みを生み出した日本人が、何故ラジカルで浅薄なアメリカに追随しなければならないのか、著者は何度もこの問いかけを繰り返しているような印象を受けた。

著者の議論の中で一箇所疑問を感じたので、個人的な備忘としてとりあげておく。


確かに、近代国家とは、人々の生命と財産の安全を確保することを第一義的に掲げる国家です。自由や平等も、人々の生命、財産の保護と強く結びついています。
しかしそうすると、ともかくも「生きる」ことが至上の価値となる。これは一つのニヒリズムです。
(中略)
だとしたら、「ただ生きる」ことを至上の価値とすることには、あまり意味がない。


著者はニーチェを取り上げ、ニヒリズムの問題を論じる。そして、911のテロに言及する中で引用した議論が出てくる。個人的にはここには強い違和感があった。生命科学を専門とする私から見ると、人間の価値というのは「生きる」ことにしかなく、それ以外の価値は全て人間が自ら作ったフィクションに過ぎない。細かくは別の機会に議論したいが、人間が繁栄し、その数が増えることは、人間が「生きる」ことを続ける上での重要な要件である。あらゆる生物は次の世代へと続く、即ち生命をつなぐことが至上の価値であり、それ以外は余分である。著者は東洋思想、および日本の思想に触れ、その価値を強調するにも関わらず、生命に根本をおいた日本の思想の優位には言及しない。西洋的なものの見方の限界は、その根本が「反生命的」であるからではないだろうか。

また、「道義」の問題も出てくるが、これも東洋の対称性を重視した考え方が根本にある。西洋人は決まりに対して非対称であることに頓着しない(非対称であることが不公正という感じ取り方ができない)。日本人であれば、同じ行為を自分がされたら嫌なことは他人にはしないという原則が心の隅々まで行き渡っている。一方で西洋ではそうではなく、そうした原則をどこまで適用するかはケースバイケースである。「お天道様に申し訳ない」という感情は西洋人から生まれることはないだろう。

著者は非常にたくさんの視点を提供し、日本人がこれまでに気づきあげた精神的な財産に読者の目を向けさせているところは非常に参考になった。ただ、最後の段落で「滅びの美学」に記述が割かれ、自己主張と正当化の文化に打ち勝つことは難しいという流れになってしまうのは残念である。彼らが文明の限界としてギブアップしたところに、アジア的な思想が有効となる場が現れてくるはずである。それとも著者はこのまま人類を滅ぼすところまで手の打ちようがないことを、遠回しに「滅びの美学」を取り上げることで述べているのであろうか。この強烈なタイトルからは著者はまだまだこうした発信を続けることで、状況を変えたいと考えているのではないだろうか。

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