読書の記録

アクセスカウンタ

zoom RSS 「思考停止社会‐「遵守」に蝕まれる日本」郷原信郎

<<   作成日時 : 2009/04/02 23:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 2 / コメント 0

著者の本は初めてであるが、まずその経歴に注意を惹かれた。東京大学理学部を卒業後、東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所などを経て現在は弁護士であり、大学教授でもある。コンプライアンスの専門家ということで、本書にも紹介されているがTBSによる不二家のバッシング問題や社保庁の年金記録改ざん問題では調査委員会のメンバーとして直接事件に関わっている。法曹養成改革の失敗に対する著者の辛口の評価は、現在の法曹に対する失望感や閉塞感の表れでもあるだろう。著者の分析や提言の明晰さは、理学部という背景が効いているような印象を受ける。それにしても理学部から東京地検特捜部へ就職するルートがあるとは驚きである。

社保庁問題や不二家、伊藤ハムの事件、あるいは村上ファンドやライブドア事件など、ネットにおいても盛んに議論され、プロがあるいは素人、半可通が様々な意見を発表していたことは記憶に新しい。しかしながら、そのうちどの程度が本書で著者が説明する事実関係を理解した上で発言していたのであろうか。著者も問題にするマスメディアの浅薄さや偏向のせいで、多くの人は非常に歪な情報をもとに判断を下すことが増えている。こうした傾向はテレビや新聞が助長していたものであるが、ネットの登場はノイズにしかならない無責任な発言や記事を一気に拡大させることになった。チョムスキーが特別な資料にアクセスすることなくアメリカ政府の暴虐を解明していることはよく知られているが、日本でも同様にいくら資料が公開されていても、マスメディアによる「叩き」がひとたび始まればこれを覆すことは困難である。

「日本では法令が社会の周辺部にしか存在しておらず、社会内の問題解決は法令以外の手段で行われていた」という著者の指摘は日本の現在直面している問題を端的に説明している。「コンプライアンス」という言葉とともに導入されたアメリカ由来の姿勢は国内の至る所で梯子を外された人たちを生み出している。今までは異常な人間をコミュニティから排除するために存在していた「法令」であったため、通常に人間は「法令」に疑問を抱く必要もなく、ただ「遵守」しておれば良かった。但し、これからはそうではないという著者の指摘は明快である。

著者は「思考停止」状態から脱却するために、何のための「法令」かを理解すると同時に二つの要素が社会のパワーを高めるために不可欠と論じている。それは社会的要請に対する鋭敏さ(センシティビティ)と、人や組織が互いに力を合わせること(コラボレーション)である。そしてこれを支えるためには「開かれた」法曹家が専門家として必要であると述べている。非常に重要な指摘であり、今後の日本の浮沈を決定する要素がここにはあるように思われる。特に日本社会では(AIG問題を抱えるアメリカでも似たようなケースとはいえるが)、社保庁に関する国民の怒りに代表されるように、社会的規範が情緒的な判断をもとに無制限の遵守を求めてくることがある。「法令」とその「遵守」に対する著者の示唆するところはこうした動きに対しても役に立つ議論である。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(2件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
【大手メディアの言っていることは100%正しいか】思考停止社会
『社会的規範』がその本来の機能を果たすためには、それを無条件に守ることを強制する『遵守』の関係ではなく、『ルールとしてお互いに尊重する』という関係が必要なのです。 ...続きを見る
ぱふぅ家のサイバー小物
2009/06/18 21:53
『思考停止社会』
思考停止社会~「遵守」に蝕まれる日本 (講談社現代新書) by G-Tools ...続きを見る
月のブログ
2009/09/04 21:11

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「思考停止社会‐「遵守」に蝕まれる日本」郷原信郎 読書の記録/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる