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zoom RSS 「分断される日本」斎藤貴男

<<   作成日時 : 2009/01/23 22:05   >>

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著者の「カルト資本主義」は、一流企業における自己啓発や研修活動の根源に労務管理的な発想があることを描いておりなかなか興味深かった。所謂船井ワールドは、どうしてあれほど似非科学を頻用し、オカルトめいた言説をどんどん流すのか、また中小企業の社長の中にも心酔する人たちが多いのは何故かと言った問題を理解する上で役に立つ内容である。しばらく、著者の本は読んでいなかったので、久しぶりに文庫を手に取ってみた。ところが、残念なことに本書はジャーナリズムではなくアジテーションとして捉えるしかない、非常に貧弱な内容であった。著者はしばしば現代日本社会を「銃後」や「ファシズム」という言葉で表すが、こうした捉え方が読者にとってリアルなものとして認識されるためには、ジャーナリストとしての事実の積み重ねが必須である。即ち、ジャーナリストが調べて明らかにされた事実が積み重なり、読者がその背後にあるものを想像するところに、本来のジャーナリズムの力があるはずである。そのためには読者にもある程度の教養や知識は必要であろうが、そこをうまくフォローしながら現在進行している出来事を理解させることがジャーナリストの腕の見せ所である。本書では、所々に事実のかけらは見つけることができるものの、そのすぐ直後に著者の断定的なコメントが差し挟まれてしまうために、事実のもつ力が圧倒的に削がれてしまっている。西尾幹二の著書の引用(アメリカにおける緩衝材としての黒人の位置づけ)や、三浦朱門のインタビュー内容(ゆとり教育の真の狙い)などは、特に著者がそのことを声高に批判しなくても十分読む者に恐怖感を感じさせる内容となっている。どうしてわざわざ著者が怒ってみせる必要があるのだろうか。事実の積み重ねから生まれる想像力と、頭のおかしい人の妄想との違いはひとえに論理性と冷静な判断である。

本書はなかなか出版の機会に恵まれず、著者はあとがきでその理由を自らの体制批判に求めているが、印象としては本書のクオリティが低いことが大きな理由ではないだろうか。久米宏や古舘伊知郎と同じで、大衆のガス抜きのようなアジテーションでは出版する方も気が抜けてしまうことだろう。本書のようなクオリティの低いアンソロジーを出版してしまうことはジャーナリストとしては自殺行為であり、ある種の意見をもった人間としてひとたび色分けされてしまえば取材にも大きな制限がかかってしまうだろう。本書にはたくさんの予言的な言辞が登場するが、その多くは未だ実現していないように思える。本書の書かれた時期より、さらに息苦しく、さらに監視化されたとは少なくとも一般の人たちは考えていないだろう。むしろ本書の小泉政権時よりも現在は迷走がひどい状況であり、政党としては未曾有の寄せ集め集団である民主党が政権をとる可能性もある。この混迷をチャンスとして、勢力拡大を狙う人たちこそが、次のテーマとして注力すべき対象ではないだろうか。著者は完全に思考停止し、現役ジャーナリストとしては嗅覚の衰えた状態にあるのではないだろうか。

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