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zoom RSS 「山本七平の日本の歴史」山本七平

<<   作成日時 : 2008/12/30 23:46   >>

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「日本の歴史」というタイトルが付いているが、通史が書かれているわけではなく、著者の終生のテーマとなった日本人論のひな型が「神皇正統記」と「太平記」を題材に披露されているという内容である。著者の著作の中では初期に位置づけられるものであり、非常に性急にエッセンスを語ろうとする前のめりの姿勢が一貫しているため、大変読みにくい記述になっている。論理的な文章を読むことに慣れている読者であれば、巻頭からしばらくの著者の断言の連続はさぞかし気になるところと思われる。また、「神皇正統記」「太平記」の他にも中国古典などからの引用が頻繁に行われるが、ある部分は抄訳や内容の要約である一方で、別の部分は漢文の書き下しと、非常に奔放な引用形式をとっている。しかしながら、巻頭の谷沢永一の解説にある通り、著者の日本人論の根底にどのような問題意識があるかに関しては非常に分かりやすく提示されているように思う。著作数が増えるほど、著者の表現はこなれて読みやすくなってはいるが、一方で直接性が薄れて誤読を許すような部分が増えてくる。そのことを思えば、この著作は誤読の余地は小さい。荒削りな構成は、評論としては破綻しているが、読み手を揺さぶるような直接性があり、斜め読みを許さない。

本作の冒頭は夏目漱石の「こころ」の解題であり、それが無理矢理とも思える勢いで南北朝の歴史の評論へと接続されていく。「道」を究める人間に対して日本人が無条件で高い評価を下してしまうという傾向がどこで生まれ、そして何故今なお大きな影響を及ぼしているのかという問題意識は、やはり大変興味深いものである。河合隼雄の著作にも、中央が真空である日本人独特の組織の持ち方や、三者の関係において最も力を持つものが最も存在感が薄いという指摘が出てくるが、そうした日本人社会独特の権力の発生がどの辺に起源があるのか、あるいはどうして現在も衰退せずに残されているのかというメカニズムを理解することは大変重要なことである。本書では権力の発生のダイナミズムについてはうまく記述されているが、何故南北朝期に既にそうしたメカニズムがはたらくようになっていたかまでは分析されていない。しかしながら、南北朝期のものを読んで、現代でも理解できる日本的なものを十分抽出できるということは、既に当時からそうした考え方が存在していたと言うことであり、著者の言うとおり南北朝期の歴史書を灯台代わりに日本人の行く末を考えることは意味のあることであろう。光厳院と足利尊氏により、現代に続く天皇制の礎が最終的に固められたとすると、現代の皇室はそこから逸脱し、日本人の無条件の支持を受ける存在ではもはやないのであろう。過去700年以上変化していない日本人の心性が今後どう変わるかは分からないが、まだまだ通用する視点として参考になる内容であった。国内の組織に属するあらゆる人にとって、海外のコンサルタントが書いた成功指南を読むより、はるかに有用な知識となるだろう。個々人は国際化しても、集団の決定はうんざりするほど日本人的な心性に左右されるものである。

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