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zoom RSS 「確率的発想法‐数学を日常に活かす」小島寛之

<<   作成日時 : 2008/09/29 23:09   >>

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帯には「予想的中! 天気予報からリスク論まで、先行きを見通す推論のテクニック」とあり、著者の前書きの一部が裏に印刷されている。しかしながら、実際に手にとって読んでみると、この帯は多分に販促のためのミスリードであるように感じてしまう。おそらく多くの読者は本書を読んでも、生活に確率論的な発想を生かすことはないだろうし、本書はそうした至近の御利益を約束するような内容でもない。前半でベイズ理論を易しく説明してもらえる点では御利益があるかもしれない。

それでは、本書の眼目はどこかというと、おそらく後半の著者による経済学、哲学的な主張にあると思われる。ただ、その部分を帯に書いたのではおそらく商売にはならないだろう。しかしながら、本書のハイライトはやはり後半部分であり、著者の本書の組み立ても、結局は最後の著者の主張を円滑に理解するための流れ作りと見ることができる。

ちょっとした不運により社会から落伍してしまう人たちと自分とを隔てるものは確率論的なものに依存しており、努力してもうまくいかない立場と一方で努力が実を結ぶ環境とは紙一重である。こうした考え方のもと、ベーシックインカムの考えにたどり着くところはまさに「確率論的思考」と言えるだろう。また、それが現金でなく社会財、公共財(基本財)として提供されるべきという考え方も非常に示唆するところのある意見である。

一方で著者が数学者であるために、数学的モデルの美しさにこだわるところは若干読みづらい。「喜びを3単位とする」といわれても普通の人であれば抵抗があるだろう。また、美しい数学モデルに現象を還元したことに対する喜びは数学者ならではのものであり、なかなか多くの読者に伝わるものではないのではないだろうか。実際、株価がある日暴落することを数学的に説明した研究を紹介する段があるが、そうしたモデルが、「個々の投資者の株価低下の予感がある閾値を超えたときに、暴落を引き起こす」ということ以上のことを表しているのかどうかが良く理解できなかった。情報量が制限されていること、あるいは非対称な情報があることが、いわゆる全知全能モデルが当てはまらない原因であることは理解できるが、著者が紹介するモデルは多分に説明的であり、そのモデルが株価予想にどのように役立つかは分からない。証明のしようのないモデルの世界なので、せめて現実を予測することができないと値打ちはないが、そうした点についての記述は見られなかった。経済学者の数値モデルは将来を予測してどうかという観点が重要であり、過去にフィットするかどうかは整合性以上の問題ではないように思う。

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